「猫……」


その言葉に、隆永はすっと目を細めた。


「よく家に遊びに来てくれていた猫がね、この前家の前で車に轢かれていたの。可哀想に、たくさん血が出て……。もっと早くに私が気付いてあげられたら良かったんだけれど」


老婆の肩にしがみつく尾っぽが二本に裂けた猫が、ぴんと耳を立てる。

もちろんそんな猫がこの世のものであるはずがない。隆永たちはそのような生き物を妖、と呼んでいる。

店へ入ってきた時から気が付いていた、この老婆には猫又が取り憑いている。化け猫の妖だ。


大方轢かれた恨みで化け猫になり、生前可愛がってくれて尚且つ死後の己を哀れんでくれたこの老婆に取り憑いてしまったのだろう。


猫又は普通害を与えない妖だ。しかし死ぬ直前の恨みが凶暴性を増加させ、人に害を与える存在に成り代わってしまったのだろう。



人に害を与えた時点で神役諸法度に則りその妖は祓う対象になる。

隆永はすっとその肩に手を伸ばした。



「あの子が来てくれてから、夫もよく笑うようになって。私もあの子が来てくれるのを、毎日すごく楽しみにしてたの」



懐かしむように優しい表情を浮かべた老婆に、隆永はぴたりと手を止めた。

頬に擦り寄る猫又をじっとみつめる。



「それじゃ、また来るね。早く結婚できるといいねぇ」

「山田のばあちゃんからも頼んでよ」

「あはは、そんなことしたら清志さんに恨まれちまうよ」


幸の父親の名前を出して笑うと、手を振りながら歩いていく。

隆永は首をすくめると、一つ息を吐いて胸の前で柏手を打った。