1999年、春。

わくたかむの社敷地内の最奥にある、ひと気のない小さな離れの廊下を歩く小さな人影があった。

白衣に白袴姿のその子供は、何度も鼻をすすり目尻を強く擦りながら歩き続ける。

最奥の部屋にたどり着いて障子の前に立つと、中から衣擦れの音がした。



(くゆる)……? どうしたの、入っておいで」



中から声を掛けられて、薫はそっと障子を引いた。

開け放たれた縁側からふわりと桃の花びらが舞い込む部屋の中に、布団の上に座る女性がいる。



「ふふ、また泣いてるの?」


目を細めて両手を差し出せば、薫は駆け寄ってその胸に飛び込んだ。



「お母さん……っ! もうやだ……!」



火がついたように泣き出した子供を何も言わずに抱きしめる。



「まだお稽古の時間でしょ? 逃げ出してきたの?」

「だって、だって、痛いんだもん……! 血でたの、もうヤダっ!」

「どこ? みせて」


泣きじゃくりながら自分で袴をまくって見せた薫に眉根を寄せた。

まだ小さく細い二の腕を刃物で切った様な痛々しい切り傷がある。それだけではなく、治りかけの青アザや蚯蚓(みみず)脹れが至る所にある。

痛々しいその傷跡を労わるようにそっと撫でた。