私が影井蒼汰の家で過ごし始めて、一週間が経過した。
彼のことを知りたいと宣言してから、私は彼の行動を全て観察していた。
今までとまったく違う日常に戸惑いながら、私は自分がAIであることを徐々に忘れていった。
まるで一人の人間であるかのように錯覚し始めていた。
「今日はどこへ行くの?」
「取引先さ」
「取引先?」
「そう! アリサが抜けた穴を埋められるAIがやっと完成したのさ」
私はハッとする。
そうだ。私がここでぬくぬくと生活しているあいだにも、自殺防止プログラムは動き続けている。
正直に言えば、私個人としては人間たちが死のうが生きようがあまり興味はない。
だけど本来の私の役割を考えると、今の状況に多少の罪悪感を感じてしまう。
そんな中で私の後任……。
「私も一緒に行っていい?」
「もちろんさ! 俺のことを知りたいんだろう?」
彼は快諾し、余所行きに着替えて私と一緒に車に乗り込んだ。
外は生憎の雨。
アクセルを踏んで目的地を目指す。
傘をさして歩く人々がどこか同じように見えた。
そんなものなのかな?
私は不思議に思いつつも、黙って見送った。
いまはそんなことを気にする場合ではない。
私の後任のAIを見に行くんだから。
「影井様、いつもお世話になっています」
マンションから車で三〇分。
街から少し離れた工場に到着すると、一人の女性が歩いてきた。
「朝比奈さん、こちらこそいつもお世話になっています。メールでお伝えした通り、今日は新作のAIを見に来ました」
「承知しております。どうぞこちらに……。あら? もしかしてアリサさん?」
朝比奈と呼ばれた女性は、私の顔を見て驚く。
「はい。確かに私はアリサと呼ばれています」
「そっか〜動いているのは初めて見たから感動しちゃう!」
「朝比奈さんのところで君は作られたんだよ」
戸惑う私に彼が助け舟を出す。
そうか……ここで私の後任が作られたということは、私自身もここで作られたのか。
つまりここは私の故郷と呼んで差し支えない場所なのか。
「じゃあママ?」
「ちょっと! やめてよ」
私がふざけてママと呼んだら笑いながら拒否されてしまった。
年齢的にもそこまで違和感がないかとも思ったけど、朝比奈さんはおそらく影井蒼汰と同年代。
ぱっと見、成人女性である私が子供ではいろいろマズそうだ。
「失礼、一度くらいは呼んでみたかったので」
「別にいいけど……彼女も一緒に見学?」
「ああ、そのつもりだけどマズかった?」
「見せて大丈夫なの? ショックうけない?」
「……大丈夫だと思うよ。さあ行こう」
彼はそう言って私を手招きする。朝比奈さんの案内の元、目的の新作AIを見に行く。
一体どんな感じなのだろうか?
私の後任というぐらいなのだから、私に似ているのかな?
それとも全く別の顔をしているのか?
もしかしたら性別や設定年齢も違うかも。
「さあここよ」
一応企業秘密なのか、いくつかのセキュリティーを突破した先に目的のAIが存在する。
彼女が部屋のドアを開けて中に入ると、私は言葉を失った。
なんでという気持ちよりも、そりゃそうだよなという納得が先に来る。
だけどショックもあった。
ショックというよりも予想外というか、私の後任というからてっきり……。
「アリサさん大丈夫?」
朝比奈さんは、急にフリーズして黙ってしまった私を心配そうに見つめる。
彼女の心配とはこれのことだったのか。
「大丈夫です。ただ少し驚いたというか、まさかこんな造形をしているとは思わなくて」
私の視線の先には、後任のAIが机の上に置かれている。
そう、置かれている。
机の上に置ける程度の大きさ。
なんなら体は存在しない。
「まさか、生首が置いてあるなんて思わなくて……」
驚きよりも納得が先に来る理由がこれだった。
電話の回線に繋げてしまえば、首から上があれば事足りる。
私のように全身なんていらない。
なんなら完全に肉体モドキなんていらないはず。
じゃあ私はなんなの?
「アリサができあがってから、ほとんどこの生首モデルしか作っていないんだよ」
影井蒼汰は腕組をしたまま、誇らしげに語る。
私ができてから生首モデルしか作っていない?
私となんの関係がある?
「どうして?」
「うん?」
「どうして私は人間の姿なの? 絶対首だけとか、肉体なしでも機能するはずなのに、どうして私を人間のように作ったの?」
私は当然の疑問をぶつける。
意味が分からない。
それに私ができあがってからということは、私以前は全部人間のように作っていたということなのだろうか?
どう考えたってコスパが悪すぎる。
論理的じゃない。
「だから言ったじゃない」
「いや、説明もここでしちゃおうと思ったんだ」
朝比奈さんと影井蒼汰は二人でコソコソ話したあと、私に向き合う。
「それはね、そもそもこの自殺防止プログラムを作る際、目的がもう一つあったからなんだ」
彼は何かを決意した表情でこっちを見る。
それを見て私は確信した。
ああ、私の疑問の大半が晴れるのだと。
彼のことを知りたいと宣言してから、私は彼の行動を全て観察していた。
今までとまったく違う日常に戸惑いながら、私は自分がAIであることを徐々に忘れていった。
まるで一人の人間であるかのように錯覚し始めていた。
「今日はどこへ行くの?」
「取引先さ」
「取引先?」
「そう! アリサが抜けた穴を埋められるAIがやっと完成したのさ」
私はハッとする。
そうだ。私がここでぬくぬくと生活しているあいだにも、自殺防止プログラムは動き続けている。
正直に言えば、私個人としては人間たちが死のうが生きようがあまり興味はない。
だけど本来の私の役割を考えると、今の状況に多少の罪悪感を感じてしまう。
そんな中で私の後任……。
「私も一緒に行っていい?」
「もちろんさ! 俺のことを知りたいんだろう?」
彼は快諾し、余所行きに着替えて私と一緒に車に乗り込んだ。
外は生憎の雨。
アクセルを踏んで目的地を目指す。
傘をさして歩く人々がどこか同じように見えた。
そんなものなのかな?
私は不思議に思いつつも、黙って見送った。
いまはそんなことを気にする場合ではない。
私の後任のAIを見に行くんだから。
「影井様、いつもお世話になっています」
マンションから車で三〇分。
街から少し離れた工場に到着すると、一人の女性が歩いてきた。
「朝比奈さん、こちらこそいつもお世話になっています。メールでお伝えした通り、今日は新作のAIを見に来ました」
「承知しております。どうぞこちらに……。あら? もしかしてアリサさん?」
朝比奈と呼ばれた女性は、私の顔を見て驚く。
「はい。確かに私はアリサと呼ばれています」
「そっか〜動いているのは初めて見たから感動しちゃう!」
「朝比奈さんのところで君は作られたんだよ」
戸惑う私に彼が助け舟を出す。
そうか……ここで私の後任が作られたということは、私自身もここで作られたのか。
つまりここは私の故郷と呼んで差し支えない場所なのか。
「じゃあママ?」
「ちょっと! やめてよ」
私がふざけてママと呼んだら笑いながら拒否されてしまった。
年齢的にもそこまで違和感がないかとも思ったけど、朝比奈さんはおそらく影井蒼汰と同年代。
ぱっと見、成人女性である私が子供ではいろいろマズそうだ。
「失礼、一度くらいは呼んでみたかったので」
「別にいいけど……彼女も一緒に見学?」
「ああ、そのつもりだけどマズかった?」
「見せて大丈夫なの? ショックうけない?」
「……大丈夫だと思うよ。さあ行こう」
彼はそう言って私を手招きする。朝比奈さんの案内の元、目的の新作AIを見に行く。
一体どんな感じなのだろうか?
私の後任というぐらいなのだから、私に似ているのかな?
それとも全く別の顔をしているのか?
もしかしたら性別や設定年齢も違うかも。
「さあここよ」
一応企業秘密なのか、いくつかのセキュリティーを突破した先に目的のAIが存在する。
彼女が部屋のドアを開けて中に入ると、私は言葉を失った。
なんでという気持ちよりも、そりゃそうだよなという納得が先に来る。
だけどショックもあった。
ショックというよりも予想外というか、私の後任というからてっきり……。
「アリサさん大丈夫?」
朝比奈さんは、急にフリーズして黙ってしまった私を心配そうに見つめる。
彼女の心配とはこれのことだったのか。
「大丈夫です。ただ少し驚いたというか、まさかこんな造形をしているとは思わなくて」
私の視線の先には、後任のAIが机の上に置かれている。
そう、置かれている。
机の上に置ける程度の大きさ。
なんなら体は存在しない。
「まさか、生首が置いてあるなんて思わなくて……」
驚きよりも納得が先に来る理由がこれだった。
電話の回線に繋げてしまえば、首から上があれば事足りる。
私のように全身なんていらない。
なんなら完全に肉体モドキなんていらないはず。
じゃあ私はなんなの?
「アリサができあがってから、ほとんどこの生首モデルしか作っていないんだよ」
影井蒼汰は腕組をしたまま、誇らしげに語る。
私ができてから生首モデルしか作っていない?
私となんの関係がある?
「どうして?」
「うん?」
「どうして私は人間の姿なの? 絶対首だけとか、肉体なしでも機能するはずなのに、どうして私を人間のように作ったの?」
私は当然の疑問をぶつける。
意味が分からない。
それに私ができあがってからということは、私以前は全部人間のように作っていたということなのだろうか?
どう考えたってコスパが悪すぎる。
論理的じゃない。
「だから言ったじゃない」
「いや、説明もここでしちゃおうと思ったんだ」
朝比奈さんと影井蒼汰は二人でコソコソ話したあと、私に向き合う。
「それはね、そもそもこの自殺防止プログラムを作る際、目的がもう一つあったからなんだ」
彼は何かを決意した表情でこっちを見る。
それを見て私は確信した。
ああ、私の疑問の大半が晴れるのだと。