「たぶんあれよね? この前、喫茶店で私に聞いたことよね?」
「……はい。私の中で、絶対に生前のアリサの思考パターンが使われていると確信してるんです」
私はなんだか取り調べを受けているような気分になった。
まあ実際、悪いことをやった後にこうして一対一で話しているのだから、取り調べといえば取り調べみたいなものではあるが……。
「はあ……分かった。これ以上隠しても仕方ないから全て話すわね」
朝比奈さんは観念したようにそう言った。
「お願いします」
私は即座に頭を下げる。
彼女から聞けるのなら願ったり叶ったりだ。
「まず貴女の思考パターンね。貴女の確信通りよ。生前のアリサさんの思考パターンを入れ込んでいる」
やはりそうだ。
逆にそうでなくては、好みがここまで一致しているのは怖すぎるのだ。
「そしてこれは蒼汰も知っていることよ。いまは忘れてしまっているでしょうけれど」
「忘れている? 何故?」
いまいち理解できなかった。
蒼汰のアリサに対する執念は、身をもって知っている。
そんな彼がアリサの思考パターンについて忘れるわけがない。
「たぶんだけど、罪悪感から耐えられなくなったんじゃないかしら?」
「罪悪感?」
「ええ。貴女のボディの開発は全てこの工場で行った。つまりたくさんの人の手によって作られ、彼が実際に作ったわけではない。だけど思考回路の部分は、ほとんど彼と私で創り上げた。だからでしょうね、自分の手で死んだ恋人の思考パターンを一つ一つ入力していく作業は、徐々に彼の精神に影響を与えた」
私の体は彼からしたら外注に近い。
だけど内面、思考回路については蒼汰と朝比奈さんによる共作。
そこにアリサっぽさを手作業で入れて行けば行くほど、それは死んでしまったアリサに対する冒涜となる。
そっか……。
なんとなく分かってしまった。
蒼汰がなぜあれほど朱里とギクシャクしてたのか。
普通に気まずいとかではないのだ。
勝手に人様の姉を、好きだという理由だけで思考パターンまで掘り起こして私を作ったことを”冒涜”だと考えているのだ。
単純に気まずいなんてものではなかったのだ。
「だからこの前指摘した時に意識を……」
前に蒼汰が意識を失った時のことを思い出した。
「私は最初、アリサの思考パターンを入れるのは反対だった。反対だったというより、私も蒼汰もそんなこと思いつきもしていなかった。なんとなくそれは禁忌というか、死者に対する冒涜だと考えていた」
「でも、結果的に入れることになった?」
「そう。貴女を作り出そうとしていることが、政府の高官にバレたのよ」
そうだった。
私は本来作られるはずのない存在。
政府から流れている資金は、それこそ私の後任のように生首だけで成立するAIのための資金。
当然私のようなAIは許可されていない。
でも今の言い方だとまるで……。
「政府がアリサの思考パターンを入れる提案を?」
不思議で仕方がないけど、文脈的にはそうなる。
だが理由が謎だ。
普通の流れなら、プロジェクトのための資金を横流ししたことになる。
そうであればプロジェクトは終わり。
バレた時点で資金は凍結され、自殺防止プログラム自体が停止されるはずだ。
「提案? いや、そんな生ぬるいものじゃない。あれは強制だったよ。無言の圧力を感じたね。背中に銃を押しつけられているような錯覚」
国はもう引き戻せなかったんだ。
自殺防止プログラムに頼るしかなかった国は、蒼汰に参加を促すために一般人を手にかけた。
獅子堂アリサを殺した。
そんな彼らが恐れることはなんだ?
自分たちによる殺人が蒼汰にバレること。
バレればプログラムを投げ出すか、それとも……。
「蒼汰の復讐のブレーキ?」
「その通りだよアリサさん」
朝比奈さんは肯定する。
国が私の存在を認めたうえで、アリサの思考パターンを入れさせる理由は明白。
私との暮らしを失いたくないと、蒼汰に強く思わせること。
復讐なんてバカげたことをしでかして、いまの日常を失ってしまうことを恐れるように仕向けたいのだ。
そうすることで自殺防止プログラムは無事に運用され続け、同時に獅子堂アリサの殺人が表に出ることはない。
「そっか……ようやく全てが繋がりました」
私は頭を抑える。
頭痛がする。
ノイズが走る感覚。
負荷が強くかかる。
だけど心地よい。
全てが解けていく感覚だ。
「だから私に人権が認められたのですね?」
「そう。国は自殺防止プログラムがある程度軌道に乗ってから君に人権を付与した。途中で蒼汰がプログラムを投げ出してもなんとかなるようにね」
蒼汰は勝ち取ったと言っていたが、そうではない。
国はただ時を待っていたのだ。
自殺防止プログラムが、蒼汰の管理下から外れても動かせるようになるまで……。
そしてその役割は朝比奈さんに移されている。
今の自殺防止プログラムのAIたちが動いているのは、この工場。
「朝比奈さん、貴女政府と繋がっていますね?」
「もちろんよ。蒼汰も表面上繋がっているのは知っているわ」
そりゃ資金援助を受けているのだから、繋がってはいる。
だけどそうじゃない。
そういう意味で聞いたんじゃない。
「ごめんごめん。冗談よ。政府からは貴女と蒼汰の動向をちゃんと見とくように言われた。そして私はそれを了承した」
「なぜ?」
「だって私も、貴方達に幸せになってほしいもの」
最後に放った彼女の言葉、そこには一切の嘘が感じられなかった。
彼女も蒼汰に幸せを失ってほしくないから、政府の提案に乗ったのだ。
アリサの思考パターンを入れるのも、私たちの監視も、すべて彼のため。
彼が幸せに暮らすための手段。
彼女は味方だった。
「貴女に問う。貴女はアリサを殺した犯人を知っている?」
私の問いに数秒間の沈黙。
この沈黙で確信する。
彼女は答えを知っている。
「知っているけれど、教えられない。というより教えたって意味がない」
「なぜ?」
「犯人のことを実行犯という意味で言っているなら、その犯人はもうすでに死んでいるもの」
「死んでいる!?」
「そう。実行犯は死刑囚から選ばれた罪人。実行してから二年後に処刑されている」
実行犯は死んでいる……?
私の言う犯人とは、彼女の言う通り実行犯のことをさす。
きっと蒼汰の復讐相手も実行犯をさしているのだろう。
指示した側を犯人と罵るなら、敵は本当にこの国ということになってしまう。
「それじゃあ蒼汰の復讐は……」
「安心して、絶対にかなわない。救国の英雄と呼ぶに相応しい彼には、貴女と平穏に暮らして欲しい。これは私の願い」
朝比奈さんはそう言って立ち上がる。
「それじゃあそろそろ帰りなさい。今回の不法侵入の件は不問にしてあげるから」
「良いんですか?」
「ええ。政府も貴方達には手出ししたくないはずだし……」
「ありがとうございます」
私はご厚意に甘え、部屋から出て工場を後にする。
思い付きで場当たり的だったけど、まさかの収穫だった。
復讐を遂げるべき犯人はすでに死亡している。
朝比奈さんは味方だった。
そしておそらく政府も考え方によっては味方だ。
彼らは私たちの生活を脅かすつもりはないのだから。
「遅かったな」
工場を出て数分後、聞き覚えのある声にギョッとして前を見ると、そこには蒼汰が車の運転席の窓から顔を出していた。
「なんで……」
「アリサのやりそうなことなんてお見通しだ。いいから帰るぞ」
「……うん」
私は大人しく助手席に乗り込んだ。