私と朱里の暴走により、部屋のレイアウトが信じられないほど一新されたのが先月。
 カレンダーを見ればもう十一月の半ば。
 寒さもいよいよ本気を出しはじめ、流石に雪は降り始めないが、いつ降ってもおかしくないほどに冷え切っている。

 そして天気とは別にもう一つ冷え切っているものがある。
 朱里と蒼汰の関係だ。
 確かに先月、公園で休憩中に「時間が解決してくれることだってあるよ」なんて軽々しく口にした。
 その考えは間違っていないと思うし、いまだってそう思うのだが、残念ながら解決してくれる時間というものが、一体どれだけ必要なのかが頭からすっぽり抜けていた。
 
 ただでさえ年頃の男女三人(一人はAIだが)、しかも二人が恋人同士だったところに、若い女性が突然同居を始める。
 スムーズに行くはずがなかった。
 ただお互いに努力をしようとしているのは伝わってくる。
 朱里も蒼汰も一緒にいる時は、異様なほどに質問を繰り返し、常に相手とコミュニケーションをとろうと頑張ってはいた。
 しかし質問タイムなんて永遠に続くはずもなく、質問が途切れた瞬間にやってくる恐ろしい空気に何度遭遇したか分からない。

「だからね二人とも、もういい加減どうにかしましょう」
「はい」

 いまリビングには三人が席についている。
 二人ともどうして私に呼び出されているのか、おおよその見当はついているようで、私の問いかけに素直に首を縦に振る。
 そうなのだ、いい加減私も限界である。
 この地獄の一ヶ月間を振り返り、私はようやく重い腰を上げた。

「数日もすれば多少なりとも、お互いに存在に慣れてくれるかと思っていたけど無理みたいね」
「ごめんなさい。やっぱり私が……」
「いや、獅子堂さん! たぶん俺が……」

 私が話を進めようとすると二人の反応が被る。
 実は裏で仲良くなってない? この二人。

「蒼汰、まずはその獅子堂さん呼びやめなよ」
「え? やっぱり変かな?」
「変って程じゃないけど、同じ屋根の下で一ヶ月以上一緒に暮らしてるのに、ちょっと他人行儀過ぎない?」
「……そっか、そうだな。悪い朱里さん」

 蒼汰は考え直したのか”朱里さん”と呼称した。
 本当は名前を呼び捨てが望ましかったが、いきなりそこまではハードルが高いだろう。

「それと朱里も、いつまでもよそ者ですオーラ出さないでよ。一緒に暮らしている意味が無いでしょう?」
「うっ……分かったよ」

 朱里のほうは結構素直に頷く。
 まあ私の提案で一緒に暮らすことにしているわけで、本当はもう少し私が溶け込めるような努力をすべきだったのだろうけれど、生憎とそういうのは苦手な質だ。
 人間の心というものは、本当に複雑でめんどくさくて美しい。

「二人とも私のせいで気まずくなってるから、あんまり偉そうに言えた義理じゃないんだけどね」

 苦笑いを浮かべて、私はルイボスティーを流し込む。
 うん。やっぱりおいしい。
 
「悪いアリサ、そろそろ……」

 蒼汰が申し訳なさそうに謝るので時計を見ると、時刻は午前九時をまわっていた。
 そうだった。
 今日は朝比奈さんと大事な会食があるんだっけ?

「こっちこそ忙しいのにごめん。行ってらっしゃい」

 私と朱里はそろって玄関までお見送りに行く。
 こんな美女二人に見送ってもらうんだから、もう少し嬉しそうにして欲しいものだ。

「朱里はお店は順調なの?」
「うん。絶好調って程でもないけど問題なく経営できてるよ」

 お店にはあの家よりもここから通った方が断然近い。
 
「でもさ、本当に良いのかな? あっちの家まで管理してもらっちゃって」

 朱里のいうあっちの家とは、あの異様にデカい獅子堂家のことだ。
 蒼汰があの家に定期的に業者を入れて手入れさせると言っていた。
 彼からしても、アリサの住んでいた家となれば大事に残しておきたいのだろう。

「私もお店の方に行こうかな」
「そっかもう時間か、行ってらっしゃい」

 私は朱里を見送った後、朝比奈さんのところに向かった蒼汰のことを考え始める。

 最近、ちょっとおかしいと思っていることがあるのだ。
 
 このあいだ会った際、朝比奈さんが私に対して嘘をついているのは分かった。
 しかし、私がアリサの思考パターンについて蒼汰を問い詰めた際に、彼が倒れたあの現象が理解できない。
 普通の成人男性はそう簡単に意識を失わない。
 だけど確かにあの時、一度意識を失っているし、後日検査を受けさせた時も何も異常はなかった。
 
「もう直接乗り込むしかないかな?」

 私は脳内に記憶していた工場の場所を思い出す。
 タクシーを使えばそこまで時間はかからない。
 いま思い浮べているのは、一度だけ訪れたあの工場。
 私が作られたであろうあの工場。
 尋ねても答えをはぐらかされるのなら、直接探しに行くしかない。
 
 それに今日なら朝比奈さんは蒼汰と会食中だろう。
 工場で彼女に見つかる可能性はない。
 中に忍び込む算段は実はついている。
 前に見学に行った際に確認済みだ。
 
 あそこにはいるじゃないか。
 首だけになった私の後任が。 

「生み出されたAIが実家に帰るようなものだし、何も悪いことじゃないよね?」

 私は自分自身にそう言い聞かせ、家のドアを開いた。