「は? 一体何事?」

 教室のドアをが開く音と同時に、高圧的な声が降り注ぐ。眉間にしわを寄せて立っていたのは光希だった。

「光希こそ、どうしたの?」
「いや、今日お前の家に呼ばれていて……。って、花純、なに泣いてんの? 転校生くんになにか言われた訳?」
「ち、違うよ……」
「転校生くんだよな? 君も酷いねー。鬼の子だからって泣くほど酷いこと言ったんだ?」

 人を小馬鹿にしたように鼻で笑った。嫌味な話し方はいつものことなのだが、綱くんにその矛先が向くのは、どうしても許せなかった。

「違うって! これは……嬉し涙だから!」
「は。意味わかんねえ」

 必要以上に強い口調で言い返した私に向けられるのは、冷めた目で人を見下している視線。光希の嫌な視線に一瞬怯むも、キッと睨み返した。しかし、それを上回る下げずんだ視線を向けられる。

 子供の頃から光希は私のことを見下している。私と光希は親戚から、分かりやすい格差的な対応をされてきた。必然的に光希も私を下げずむようになった。「邪魔者」「いらない子」「誰からも愛されない子」酷い言葉を散々言われてきた。光希の言葉は凶器のように心に刺さる。

「なんだよ、その目は。嫌われ者の鬼の子のくせに」
「……」

 言い返したいのに、言い返せない。長年培った上下関係には逆らえない。

「あのさ……ところで、君。誰?」

 狂気じみた表情を浮かべる光希に、綱くんは怯むことなくあっけらかんとした態度で問う。

「はあ。俺にそんな口の聞き方して、順風満帆な学校生活送れると思うなよ?」
「あー、この学校のボス的な? 俺、そういうの気にしないタイプだから」

 ひしひしと感じる異様な空気感。空気感から感じる。二人は合わない。

「へー、この学校での立場危うくなっても平気ってわけか」

 今も尚睨みつけている光希を無視して、私の方に身体を向けて言葉を放つ。

「花純とこいつは、どんな関係なの?」
「えっと、従妹だよ」
「へー、従妹くんか。え、じゃあ、君も鬼の子なの?」

「はん、俺も鬼の子だけど、花純と一緒にすんなよ? 男の鬼の子には呪いなんてないし、幸福の鬼の子って言われてんだから」
「へー」
「は。もっとあんだろ? 幸福の鬼の子ってなに? とかよ」
「悪いけど、俺男に興味ねーから」
「……は」

 完全に綱くんのペースだった。この町で、もてはやされて育った光希。いつも自分を中心に会話が進んでいたので、ペースを乱されて戸惑っているのが見て取れてる。綱くんと話している光希は、だいぶ子供のように見えた。いつもは凶器のように感じる光希の暴言も、今なら子供の戯言に思えるかもしれない。
 

「あー、分かった。転校生くんは、こいつの呪い知らねーんだろ? 呪いのことを知ったら、一緒にいれるわけ……」
「聞いたけど? 接吻された者は死ぬんだろ?」

 光希の言葉を遮り、気にもしていないように軽やかな口調で告げた。呪いを知って、私と普通に接してるのが信じられないのだろう。光希はきょとんと固まっている。

「お、お前怖くないの?」
「うーん、だって、花純だって気をつけてるだろ? 現にマスクして、他の人に触れないように気を付けてるじゃん」

 私がマスクを着けている意味をわかってくれた人は初めてだった。防御のために身に着けたマスク。その行動を誰に気づかれるわけでもなく。褒められることなどなかった。自主的につけたはずなのに、どこか哀しい気持ちが芽生えていた。
 綱くんの言葉は、心のど真ん中に突き刺さる。欲しい言葉をくれるのだ。

「ふん、転校生くんは、こいつがどんだけ嫌われてるか知らねーからな。綺麗ごとばっかり言ってんなよ」
「俺には呪いも怖くない……」
「はあ? お前、正気か?」

 ほくそ笑む私とは正反対に光希の表情は強張っていた。
 高圧的な口調で言葉を投げ捨てる光希は、今にも綱くんを殴ってしまいそうな、そんな勢いだった。
 
「だったら、嫌われ者の鬼の子。誰も貰ってくれないだろうから、もらってやれよ」
「へぇ、鬼の子は誰も貰ってくれないんだ?」
「あたりまえだろ、鬼の子なんてみんな消えて欲しいと思ってるんだから」

 人を馬鹿にしたよう顔をして、淡々と吐き捨てたその言葉は、悪口に慣れた私の心にぐさりと刺さる。凍り付くような沈黙が流れる。
 この町の人が、私に消えて欲しいと望んでいることは知っている。何度その言葉を投げつけられただろう。何度投げつけられても、心はちゃんと傷ついた。

「……俺、花純に興味あるけど」
「え、」

 綱くんはシンと静まり返り気まずい空気が流れ出す。

「今日初めて会った奴に、なにがわかるんだよ」
「わからねぇよ? ただ、花純の手を握っても死なない。な?」
「……うん」

 光希は面白くないような顔をして黙り込む。
 数十秒の重い沈黙が続く。
 気まずくて異様な空気に、私は居た堪れなかった。

「じゃあ……とりあえず、3人で一緒に帰るか」

 なぜそうなる。この殺伐とした空気の中、三人で帰ろうと提案できる綱くんのメンタルが理解出来ない。


「一緒になんて帰るわけねーだろ」

 光希も私と同じ意見だったようで、即拒否した。「なんなんだよ」ぶつぶつ文句を吐き捨てながら、教室を出て行く。二人きりに戻ると「あれー、嫌われたかな」なんてのんきに言うので、本当になにを考えているのか分からない。……分かりそうにもない。