「病気に殺されるより、花純に殺されたい」
その瞳は真っ直ぐ私を見つめている。これが冗談ではないことが伝わってくる。
甘い声に理性が飛びそうになる。綱くんに言われるがままキスをしてしまいそうだ。
私を見つめる瞳には、そのくらいの力があった。自分の中の残された理性を掻き集める。
「……ずるいよ」
「知らなかった? 俺はずるいんだよ」
深く頷くと手を引っ張られて、また彼の腕の中にすっぽりと収まった。さっきと違うのは息が止まりそうになるほど、ぎゅっと強く抱きしめられていること。
「……綱くん? 少し苦しいよ……」
「花純もずるい。離れたくなくなる」
1度緩んだ腕の力は、ぎゅっと、また強くなった。この抱きしめられる痛みが綱くんの弱さと愛だとしたら、息が止まるまで抱きしめられてもいい。本気でそう思った。
私も離れたくない。この温もりを離したくない。
「話を聞いてもらっていい?」
ギリギリまで話すべきか迷っていた。ゆっくり深呼吸をして、鬼の子の呪いの話をしようと決心がついた。
高鳴る鼓動を落ち着かせるために、深く深呼吸をして、ゆっくり話し出す。
「話っていうのはね、鬼の子の呪いの話」
「ああ」
「200年前の女児の鬼の子の手紙が見つかったの。そこに記されていたのは『鬼の子の女児に接吻キスされたものは命を授かる』つまり、鬼の子の呪いがもう一説出てきたの」
「……それって」
「うん、この手紙の呪いが真実なら、綱くんの命を助けられるかもしれない。ただ……『接吻キスされた者は死す』『接吻された者は命を授かる』どちらの呪いが"作り上げられた嘘で、どちらの呪いが真実なのか、分からない」
「……」
「実は昨日、眠っている綱くんに、口付けを落とそうとした。……助けたくて。死んで欲しくなくて」
「……」
「でも、私の接吻キスで殺してしまうかもしれない。そう思ったら、とてもじゃないけど、出来なかった」
「……そうだったのか」
「綱くんに生きて欲しい。これからも一緒にいたい。でも、私の手で殺してしまうかもしれないのに、呪いの口付けなんて出来ない」
涙を堪こらえて話したかったのに、気付くと涙が大量に溢れていた。私の顔は大量の涙と自然現象で出てくる鼻水も混ざって、綺麗とは程遠い顔になっている。
「弱くてごめんね……」
助けられる可能性があるなら、助けたいに決まってる。でも、私のせいで彼が死んでしまったら、きっと私は耐えられない。
涙でぐちゃぐちゃになった私の顔を、病院のパジャマの袖で少し乱雑に拭いてくれた。涙で滲んでいた視界が少し鮮明に見える。涙を拭われた瞳に、柔らかな笑みを浮かべる彼が映った。
「キスしよっか」
「え、えっと?」
「……だめか?」
「話聞いてた? どっちの呪いが真実か分からないんだよ? 鬼の子の呪いで、死ぬかもしれないってことだよ?」
「ああ、元々そのつもりだったし」
「へ?」
「病気に殺されるなら、花純に殺されたいんだよ」
「私は……怖いよ、怖くて仕方ないよ。自分のせいで、綱くん死んでしまったら、自分を殺したくなってしまう。好きな人を殺してしまうかもしれないのに、私には出来ないよ」
「俺はどうせ、病気で死ぬんだよ? もう長くないことくらい自分でも分かる」
「……っ」
「最後のお願い聞いてくれよ」
「……」
「俺にキスしてよ」
私の体は金縛りにあったみたいに動かない。自分の中で格闘が続いている。どうしたらいいのか、何が正解なのか、誰も教えてくれない答えを探して、何度も頭の中で問いかけた。
綱くんの儚げな表情に胸の奥がぎゅっと締め付けられる。人のあたたかい温もりを知ってしまった私は、彼に触れたくて仕方ない。そんな自分に恥ずかしさを覚えつつも、欲に正直に手を伸ばす。
「もう一回ぎゅっとして?」
私は愛しい人に手を伸ばす。ふわっと香るのは花束のような香りではなく、かすかに鼻につく薬品の匂い。その現実に胸が苦しくなる。彼は私に応えるように、ぎゅっと抱き寄せる。あたたかい温もりが包み込んでくれた。
私を暗闇の世界から、救い出してくれた人。
「好き。大好きだよ」
「俺も……大好きだよ」
お互いの体温を確かめ合うように、抱きしめ合った。この時間が永遠に続けばいいのに――。
そう、願わずにはいられなかった。