眠れるはずもなく、一晩必死に考えたけど、答えは出てこなかった。寝不足で重たい身体でも、自然と足取りは綱くんの元へと向かう。
空は曇り空でどんよりとしていた。今にも雨が降りそうな空模様だった。
病棟に着くと、いつもよりバタバタと駆け回る看護師さん達の姿が視界に入る。
誰か、急患かな。
心でそう思うと共に、心臓がドクンと、波打つのが分かった。
嫌な予感が脳裏を駆け巡る。不安と動揺で体が硬直してしまう。
「花純ちゃん!」
呆然と立ち止まる私に駆け寄ってきたのは綱くんのお母さんだった。その表情は哀しげで気まずそうな顔が、余計に不安を掻き立てる。心臓がドクドクとうるさい。
「花純ちゃん……。今、話せるかな?」
「な、なにか、あったんですか?」
「実は、今朝から綱の容態が良くなくて……今日は帰った方がいいかもしれない」
「そんな……」
嫌な予感が当たってしまった。不安と動揺で立っているのがやっとだった。
「容態が良くない」この言葉が頭の中で繰り返される。呼吸が乱れて、息をするのがやっとだった。
「花純ちゃん、大丈夫?ゆっくり息を吸って?」
息子の容態が悪くて、他人の心配なんてしてる場合じゃないはず。なのに、動揺して息を吸うのがやっとの私を気遣ってくれる。そんな姿を見て、自分は何をやってるんだろう、と猛烈に反省をする。
「あの……お願いがあります。綱くんに会わせてもらえませんか?」
「でも……」
「ここで帰ったら、後悔してしまう気がするんです」
無茶なお願いに、困惑する表情を浮かべると、真っ直な視線を向けてきた。
「びっくりしないでね……?」
返事の代わりにゆっくり頷いた。超手をぎゅっと強く握りしめた。香でもしていないと、震える身体を抑えることが出来ない。
病室に入ると目に飛び込んできた綱くんの姿に思わず息を呑む。そこにいたの、私の知っている彼の姿ではなかった。
肌の色は変わり果て、1つだった点滴の数は右手に2本、左手に1本、足に1本と増えていた。1日でこんなに顔つき、体つきも変わってしまうのかと、驚きと息が苦しくなるほどの動悸に襲われる。
頭では理解していても、心では理解しきれてなかったのかもしれない。この日が来るのはわかっていたはずなのに、受け止め切れない。胸がえぐられるように痛い。例えようのない絶望に胸が締め付けられた。泣くのも忘れて立ち尽くしていた。
綱くんが死んでしまうかもしれない。恐怖が黒いモヤとなって心を覆い尽くす。
このまま彼が死んでしまう、そんなの耐えられない。
ゆっくりと綱くんの近くに歩み寄る。
私の願いは、ただ一つ。綱くんに生きていて欲しい。
綱くんがいない人生なんて、生きたくない。私にとって大切でかけがえのない人なんだ。
私の心臓の鼓動は、ドクドクと早くなる。新しく見つかった書物が本物なら、鬼の子の呪いで綱くんを助けられるかもしれない。
綱くんが死ぬなんて、いやなんだ。絶対にいやだ。
生きて欲しい、そばにいて欲しい。これからも、笑っていて欲しい。
私が鬼の子に生まれた理由は、この日のためだったのかもしれない。
痩せ細った彼の手をギュッと握る。この手にどれだけ助けられてきただろう。今までの思い出が脳裏を駆け巡る。
――綱くんを死なせたくない。
痩せ細った身体、水分が不足してカサついた唇。息を呑み口元を覆っているマスクを外した。そして、綱くんの顔にゆっくり近づく。
眠っている彼に接吻を――。