家に帰った私は部屋で声を押し殺して泣いていた。泣いても泣いても、心が安らぐ気配がない。
トントン、と部屋のドアがノックされた。
「花純、ちょっと話せる?」
「う、うん」
神妙な面持ちで部屋に入ってきた母に泣いていたことがバレないように、急いで涙を拭った。ただ腫れた目までは隠せない。確実にバレているだろう。
「花純、最近泣いてるみたいだけど……なにかあった? 今まで涙なんて見たことないから」
母は綱くんのことを知らない。好きな人がいることも、好きな人が癌だということも、言えないでいた。
言わなかった理由は、いろいろあるが、一番は心配をかけたくなかった。
「う、うん。ちょっとね」
「こんなお母さんには……言えないよね」
言葉を濁すと、今まで見たことのないような表情で顔は俯いていた。
母と父は私に無関心だ。叔母のように暴言を吐いたりはしない。ただ、叔母に逆らえないがゆえに、娘が罵られようと助けてもくれなかった。
「もう少し待ってもらってもいい? 言えるときが来たらいうから」
「分かった。花純が言ってくれるまで、お母さん待ってるから。……花純に話さないといけないことがあるの」
「どうしたの?」
母の放つ空気感が、ただの井戸端会議ではないことを教えてくれている。
神妙な面持ちで母はゆっくり話し出す。
「鬼の子の呪いについて、花純に話さないといけないことがあるの」
――鬼の子の呪い。
その言葉が耳に届くと心が動揺する。私からは切っても切り離せない、鬼の子の呪い。
「花純たちが蔵に忍びこんだ時言っていた、破られた書物。……あれは、お母さんとお父さんが破ったものなの」
「ど、どういうこと?」
自分の中の記憶を辿る。鬼の子の呪いを解く方法を探しに、綱くんと光希と蔵に忍び込んだ時の記憶が頭の中で再生される。その時に見つけた書物で、破り取られた形跡の残る書物を発見したことを思い出した。
破り取られた形跡の色褪せが、他と比べると少ないことから、綱くんは最近破り取られたんじゃないか。と推測していた。まさか、その予想が的中していたなんて。しかも、その犯人はお母さんとお父さんだった。その事実に驚かずにはいられない。
「言わなくてごめんね。破り取ったところには、鬼の子の呪いについて記されていたの」
「……なんで、破り取ったの?」
「それはね、私たちが知らない、鬼の子の呪いについて記されていたからよ」
私たちの知らない鬼の子の呪い。
動悸が激しくなる。この先を知りたいような、知るのが怖いような。ドクドクと心臓の鼓動が早くなる。
「鬼王家に代々伝わる書物には、『女児の鬼の子は呪いの子。接吻された者は死す』って記されていたでしょ?」
「うん」
「その鬼の子の呪いを、覆くつがえす書物だったの。叔母さんには知られないようにお父さんと黙っていたの」
「一体どういうこと?」
「順を追って話すね。お母さんとお父さんは、鬼の子の呪いを解く方法がないか、ずっと花純に内緒で調べてたの。鬼王家の人間を知る人に聞きに行ったり、蔵に残された書物を片っ端から探したり……」
身に覚えがあった。夏の始まりから最近まで夜に両親が家に誰もいない事が多かったのだ。放っておかれているとばかり思っていた。
「もしかして、最近夜家にいなかったのって……」
「そう。なんとか鬼の子の呪いを解く方法がないか仕事が終わった後、ずっと探してたの。破り取った書物には重要な事が書かれてあった。花純に内緒でその書物の解読を出来る人を探していたのよ」
「なんで……言ってくれなかったの」
「花純に心配かけたくなかったし……叔母さんにバレたくない内容だったのよ」
最近母と父は家に不在なことが多かった。その理由が私のためだったなんて……。母と父が私のために、毎晩調べてくれてたなんて全く知らなかった。知らなかったとは言え、2人がいないことを不満げに悪態をついていた、過去の自分が恥ずかしい。
私に関心がないと思っていた両親が知らないところで、私のために頑張ってくれてたことを知って嬉しくて心はじんわりあたたかくなる。
「破り取った書物を解読した内容は、鬼王家の家臣に重要な証拠を託した。と書いてあった。家臣だった家元に事情を説明すると、ある手紙を1通譲り受けたの。その手紙は、200年前に存在した女児の鬼の子が、書いたものだった」
深刻な息を吐いて取り出された手紙は、黄ばみや色褪せが激しかった。いたるところがボロボロだ。その様子が200年前のものだと物語っているようだ。
ボロボロで傷みも激しかったが200年も前のものだと思うと、大切に保管されていたのとも感じ取れる。その生々しさに思わず。ごくんと生唾が喉を鳴らす。
早く読みたい気持ちとは裏腹に、真実を知るのが怖かった。不安や恐怖でぐちゃぐちゃな胸を深呼吸して落ち着かせた。誤って破ってしまわないように、慎重にゆっくりと畳まれていた手紙を開く――。