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毎日が1日、1日と過ぎていく。
夏服だった制服が、冬服に変わる頃には、綱くんの身体はどんどん細くなり、顔色も悪くなっていた。
夏服からブレザーになった姿を見ると「俺もブレザー着たかったな」と消え入りそうな声で呟いた。
声にもどんどん覇気がなくなっていく。そんな姿を見ると目の奥が熱くなり涙が溢れてきそうになったけれど、グッと力を込めて、絶対に泣かなかった。
――綱くんの記憶に残る私は笑顔でいて欲しいから。
秋も深まり、肌に当たる風がひんやりと感じるようになってきた。空を見上げると青く澄んでいて気持ちいい。そんな日だった。
この気持ちのいい空と風を一緒に感じたくて、中庭のベンチに綱くんと座り空を眺めていた。
「今日の天気は気持ちいいな」
「私は秋の風が好き」
「俺は春だな。桜の匂いが混じった春の匂いが、好きなんだ。今度、一緒に――」
言葉を詰まらせる。私もなんて言っていいのか分からずに、しばらく無言が続いた。沈黙を破ったのは彼だった。
「……行けるわけないか」
「そんな……こと」
思わず言葉に詰まってしまう。
「鬼桜っていうこの街で1番有名な桜の木があるの。一緒に見に行こうよ」
私の問いかけに、目を細めて笑うだけで返事はしなかった。その意味は言われなくても伝わってくる。
「花純……俺のお願い聞いてくれる?」
「うん。なんでも聞くよ?」
「俺にキスしてよ」
私を見つめるその瞳は真剣で、冗談で言ってるわけではないことが分かった。その願いを叶えることなんて、私にはできない。
私が接吻キスした人は、鬼の子の呪いで死んでしまうのだから。
「出来るわけないよ。私がキスをしたら鬼の子の呪いで死ぬんだよ?」
「その呪いの信憑性を確かめるチャンスだろ。俺とキスして、俺が死ななかったら、鬼の子の呪いは無かったってことになるだろ? もう、後ろめたい気持ちなんてなくして気にせず生きられる……」
深い溜息をついた。私に視線を向けて、言葉を続ける。
「俺が今、花純に出来ることはこれくらいしかないから」
「ある……いっぱいあるよ。そんな事言わないで、明日も、明後日もずっと生きてよ。私に笑いかけてよ」
「それは、約束出来ない。……もう1つ、最後の俺の願い聞いてくれる?」
「……」
「今日が無理でも、死ぬ間際にキスしてよ。病気に殺されたくないんだ。病気の代わりに俺を殺してよ――」
「そ、そん、な、出来ないよ。私には……出来ないよ」
ぐっと唇を噛んだ。
唇には薄らと血が滲む。痛みを代償に堪えていた涙が頬を伝う。
綱くんの声は震えていた。彼の願いならば叶えてあげたい。そう思うのに、それは出来ない。綱くんの顔を見られず視線を逸らした。
終わりのカウントダウンが来ているかのように話すから、泣かずになんていられない。
私たちには時間の制限がある。話足りなくても、泣いてる途中でも、終わりの時間はやってくる。
「またね」
面会終了の時間が訪れた。大事な話の途中なのにいつものように挨拶を交わしてさよならをする。
明日は来るのだろうか。明後日は?その次は?
最近の綱くんは、会話の節々に「死」が近いことを含めて話すような気がする。
綱くんがもうすぐ死んでしまう。頭で理解していたつもりでも心は追いついていなかった。今まで経験したことのないような、恐怖が襲ってくる。
「病気の代わりに俺を殺してよ――」
その言葉が鼓膜にこびり付いて離れてはくれない。