七月。月末から始まる夏休み。その一週間前のことだった。
 陸上の総体。その地方大会まで、二年生の鈴夏は陸上部で唯一、個人種目で勝ち進んでいた。
 その日は試験期間のため部活がなかった。
 放課後、僕は無人の体育館へと入っていく鈴夏の姿をみとめた。
 僕が何気なく近づくと、彼女はステージの横、右側の体育倉庫に入っていくところだった。
 先生から体育の雑用でも頼まれたのだろうか。
 少し、後ろから声をかけておどかしてやろう。
 僕は鈴夏に驚かされる側だから、たまには良いよね。そんな軽い気持ち。いつもの惚気。
 鈴夏が倉庫に入るなり、すぐに後ろから声をかけた。
「ねぇ、何して――」
 一瞬、彼女の姿を見つけられなかった。
 視界の端で動いた、白いブラウスの姿。折り畳み式のボールかごが、彼女のからだが小刻みに震えるのにあわせて、カタカタと音を立てている。
 鈴夏はその場に座り込んでいた。胸元に手を当て、顔を苦悶の表情にゆがめながら。
「え……、鈴夏!?」
 ことばを失った。
「……心臓の、難病でさ」
 冗談、だよね?
 彼女が言ったことばを認めたくなくて、頭の中でそう答えた。
 ウソだよね。鈴夏らしいどっきり、だよね。
 これからプラカードを持って、何かのサプライズが始まるんだよね? 「嘘だよ」って言って、笑ってくれるんだよね?
 鈴夏は無情にも、悲しそうな顔で続けた。
「けっきょく病気のこと、今日になって結人くんに見つかるまで、誰にも言い出せなかった」
「…………」
 鈴夏は苦しそうに咳き込んだ。へたくそな嘘であってほしかった。
「……私、再来週の大会はふつうに出るつもり」
 鈴夏がしたのは、強い意思表示だった。
「……どうして?」
 病気を推して、大会に出る。壁につかまりながら、口を真一文字に結んで言う彼女。本気だということが伝わってきた。
 そして、大会に出るのは危険なレベルだということも。
「病気、しかも、心臓の……なんだよね……そんなの――」
 死ににいくようなものじゃないか。言おうとした僕をさえぎって、言う。
「……ごめんね、私はそれでも走る」
「……どうして?」
「生きるため」
「……どうして?」
「生きたいから」
 なぜ、それが生きることなのか。僕にはわからない。どうして、彼女はそんなことを言ったのか、僕にはわからない。
「どうしても? 陸上の大会を休むのは?」
「……それじゃあダメ」