僕が恋慕の感情を抱えたまま、そんなかけがえのない存在として話すこと。それは陸上なら白線を越えて失格になるのかもしれない。
 そんな嘘をついてでも、僕は鈴夏が思ってくれている、『大切な友達』という期待を裏切りたくなかった。
 自分の気持ちを胸の奥に押し込めてまでも。
「私の本気、存分に目に焼き付けてね」
 鈴夏が描いたのは、ひまわり畑だった。
 ひまわりが咲くのは切り立った崖の上。崖から遠く離れた向こう側には、潮騒の香りが漂ってきそうな夏の海が描かれている。
 絵を見ながら、その下のプレートに書かれた最優秀賞の文字に、僕はつぶやく。
「やっぱり鈴夏さんはすごいよ。前にも取ってたんでしょ、最優秀賞」
「ありがと。前回は冬休み中だったから無かったのだけど、今回は先生が受賞のことをホームルームで言ってくれちゃって。やめてほしかったなぁ」
 鈴夏は一年の冬にも絵で賞を取っている。才色兼備さもこの次元までくると、クラスメイト達には嫌味や妬みすらなく、「鈴夏だからね」の一言で済まされるようになっていた。
 軽く愚痴ってから、思い出したように言う。
「あ、けど結人くんは公欠で知らなかったからね」
「ああ、ちょうど大会の日だったからかな」
 先々週、僕は個人種目で二日間、県大会におもむいていた。
「二日目は私も応援しに行ったんだけどさ。ちょうど学校が休みだったし」
「へぇ、言ってくれればよかったのに」
「うん、ちょっと運命的な出会いをしてたから、後ろめたくて言い出せなかった」
「え」
「結人くんの出番の前に、応援席でお話して。いやぁ、こういうことってあるんだね」
――運命の出会い、だって?
 鈴夏がすぐに両手を振る。
「違うよ、友達ができたの」
 友達? 鈴夏なら友達は簡単にできるはずだが。どうしてそんなに喜んでいるのだろう。
「ただの友達じゃないよ。『大切な友達』』
 鈴夏はご機嫌そうに、くるりとターンをして僕に向き直った。
「同い年なんだけど、私と同じシラコー好き仲間でさ。学校の友達じゃあ語れる人がいないから、同好の士が見つかって楽しかった」
「ああ、同じ趣味を持ってるのか、それは強いね」
「良いでしょう? しかもその子ね、一年の冬に賞を取ったとき、授賞式でも見かけてて。その時は声をかけそびれちゃったけど、私、好きな絵柄だったから覚えてた。逆に向こうは、私のファンになったかもしれないとも言ってくれた」
 その子、という言い方に、相手は女子であることが判明してホッとする。鈴夏は男子はそのまま「男子」と呼ぶし、間違いない。
 それから鈴夏はすこし間を置いてから言う。
「……『大切な友達』は一人じゃなくなったけど、これからもよろしくね?」
「うん、喜んで」
 答えた僕に、鈴夏はいたずらっぽく笑う。
「フフっ」
 鈴夏は口元に軽く手を当てると、深呼吸をして言った。
「――あのさ、結人くん」
「うん?」
「――『恋の話』でも、してみない?」