孝慈がさっきの写真のことを言う。
「何もかも違うだと? あの写真と先輩、二つの違いなんて、ポーチの有無くらいだろ。
 だからさっき、どうしてポーチが無いのかを考えた――、でも結局ポーチは関係なかった」
「違う。話はもっと根本的なんだ! ポーチが無かったことが重要なんじゃない。ポーチが無くて当たり前なんだ」
 もう一度フェンスから下を凝視し、やっと階段の入口が見えた。
「五階の非常口の扉だ、コージ!」
 僕は階段をひとつ下りて本屋のフロアに戻ると、普通の階段とは別の方向にある、外へと通じる階段――非常階段の扉のほうに走った。
 その時、下のほうから聞こえてきた声があった。
 「開店前に運べば良かったのに」とか、「一階に移動だってよ」とか。
 近くの窓から非常階段のようすがチラリと見えた。
 そこでは、二人の店員がマネキンを搬入するところだった。
 窓からマネキンとその服装を見て、孝慈が駆け出した。
「そういうことだったのかよ!」
 扉越しに店員のあっ、という悲鳴と、マネキンの転がり落ちる音が聞こえた。
「――お先に失礼!」 
 孝慈は僕に追い付いて鉄扉を蹴り開けると、非常階段の真ん中であわてふためく店員を追い越し、なおも滑落するマネキンの前にジャンプしてして降り立った。
 数秒後には非常階段の柵の隙間からすり抜けようとしているマネキンの前に仁王立ちし、その胴体をがっちりと掴んだ。
「……はぁ、危なかったっす」
「ギリギリセーフ……かな。コージのおかげで」
 僕は息を切らしながら孝慈に追いついた。
 非常階段の柵から見下ろすと、地上では歌高の制服を着た女子が、スマホを持って立ち止まったまま、僕と孝慈とマネキンを驚いたように見上げている。
「えっ、コージ!? 何してんの」下の方から彼女の声がした。
 それは、さっきサイン会の会場で話した相坂さんだった。
その瞬間、ひときわ強い風が、ぐわんと吹き抜けた。
 相坂さんは今までスマホをいじっていたようだ。マネキンが落ちかけた非常階段、その真下の歩道の端で立ち止まって。
 落ちたマネキンが今の強風にあおられることで、ちょうど落下地点になったであろう場所に。
「結人さん。これ、いったいどういうことなんでしょう」
 振り向くと、和歌子と松野が後ろに立っていた。
 二人は落ちそうになっていたマネキン――とりわけその着ている服だろう――を見て、戸惑っている。