隠しごと、か。
 相坂さんの言葉に、二週間前、喫茶ケーテで初めて松野と話した時のことを思い出す。
 たしか孝慈は、松野とずっと前に連絡先を交換していたんだっけ。
 松野がかげで言われている「座敷わらし」っていうあだ名があって、孝慈はそのことで、相談に乗るよって言って、松野に連絡先を渡していたらしい。
 それ以来、よく松野とメールをしているっていう事情だっけ。
 それから、以前相坂さんも言っていたように、孝慈は中学時代にバスケ部を辞めたらしい。詳しい理由は不明で。
 そういった松野や相坂さんの話から思っていたのは、朗らかな彼にも闇の部分というか、そういうのがあるのかもしれない、ということだった。
 僕はそんなことを思いつつも、孝慈自身のことには踏み込めずにいたし、踏み込むべきじゃないように思えた。
 それから、相坂さんはサインの列を示して提案する。
「この際だから、みんなもサイン貰わない? グループワーク中に人気漫画家のサイン会に出くわすなんて、ラッキーだよね」
「――人気漫画?」僕は驚く。
「うん。シラコーって、何年も連載してる割にはメディア展開に恵まれなかったんだって。でも、最近ネットでじわじわ有名になってるらしいの」
「……そうだったんだ」
「え、なに、加澤くんもシラコー興味あるの?」
「……僕は」
 答えあぐねていると、孝慈が申し訳なさそうに相坂さんに言う。
「サイン会は俺たちも気にはなるけど、急いでるんだ。だから、また後でな」
 白河先輩はここにはいないようだ。
 僕たちは相坂さんと別れ、本屋のフロアを後にする。
「…………」
 僕は、五階を降りた後も『幸運集め』の文字が頭から離れなかった。
 星野鈴夏《ほしのすずか》と松野瑞夏《まつのみずか》。
 僕はいつしか、知らず知らずのうちに同じクラスの松野瑞夏に注目していた。