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夏祭りまで、残り九日。
八月に入り、タイムリミットまで半分を切っていた。
片手間にやっていたグループワークは、もはや全てやりつくした感じがする。
だから今はほとんど、未来写真が撮れる人を見つけるためだけに歩き回っていた。
ここ歌扇野駅前は人が多く、夏休みの中高生らしき私服姿も頻繁に見かける。
駅前まで来ると、もう学校がよく見えない。
振り返ると、ビルのすきまから旧校舎の時計塔のてっぺんが見えた。
あの時計塔から見える範囲が、和歌子のレーダーが不幸を探知できる範囲で、駅前はかなりギリギリの位置だ。
今日はグループワーク最後の仕上げで、資料に貼る写真を撮るためにここを訪れていた。
今は、目的である明治時代の赤レンガの建物をデジカメで撮影したところだった。
そんな時、通りの正面から僕たちのほうに向かってくる女性がいた。
「やっほ」
彼女は片手を上げた。風で黒い長髪がなびく。
格好は白い半袖のトップスと、くるぶしまでの紺のロングスカートで、茶色いポーチを肩からかけていた。少し大人っぽい。
大学生かそれ以上に見えるけど、誰かの知り合いだろうか?
「あっ、白河先輩!」
と孝慈が彼女に軽く頭を下げた。
白河先輩は僕と松野を見て言う。
「お友達?」
「ええ。グループワーク仲間っす」孝慈が答える。
「夏休みなのに大変だねー」
「先輩はこれから遊ぶんですか?」
「うん、デパートでも回ろうと思うんだけどね――」
先輩と孝慈が楽しそうに話し始める。孝慈は顔が広いな。
僕はふと、先輩のポーチについている暗い色の何かに気づいた。
キーホルダーの束みたいだが。ポーチに向けた視線に先輩が気づいて、僕に言う。
「妖怪よー。可愛くて全部集めちゃったの」
よく見ると、キーホルダーは和風の不気味なバケモノだった。可愛らしいデフォルメとかじゃなくて、無駄にリアルな怖さのやつである。
「か、可愛いって……これがですか――むぐっ」
「可愛いッス!」
孝慈が僕の口をふさいで言い直した。
孝慈としばし雑談してから、先輩は去って行った。
彼女が遠くまで去ったのを見計らって、孝慈は言う。
「三年の白河凛子先輩だ。知ってるだろ?」
「名前は聞いたことある。けっこう校内で有名みたいだけど、どんな人なの?」
「お前、疎いなぁ。白河先輩は去年の文化祭のミスミスターコンテスト総合優勝者で、いわゆる歌高の顔。人当たりの良さに加えて、モデル体型の美人だってのもあって学校一の人気者だぞ」
そう言って、孝慈はスマホの画面を見せてきた。
以前学校に貼り出されていた文化祭のミスミスターコンの告知ポスターを撮ったものだ。
【ミスミスターコンは今年から、ミスミスター仮装コンテストとしてパワーアップ。
服装は、本校指定の制服以外であることが参加条件となりますので、エントリー希望の方は、8月末までに異装届の提出を忘れずに。エントリーと異装届の手続きは、各クラスの実行委員までお願い致します。
去年の総合優勝&ミス歌高部門優勝 白河凛子さん(白河先輩がポスターに写っている) 準優勝&ミスター歌高――】