静かに、だけど共感したように言ってくれた。こんなことを真剣に聞いてくれる松野にドキリとした。
 やがて、列の順番が回ってきた。
「ご注文はどうなさいますか?」
 調理風景が見える小窓から店員が僕に聞く。
「えっと――」
 僕は慌てて窓の下に貼られたメニュー表を見る。
 会話に集中しすぎて全く決めていなかった。
 松野が選んだのはチョコ&バニラだった。先に選んでもらっていた彼女はすでにクレープを受け取っていた。
 一瞬、「僕もそれで……」と言いかけたが、同じものを選ぶと「君と一緒がいい」という無言のアピールになってしまうような気がしたし、僕にそんな勇気は無い。
 僕はチョコ&バニラ以外で目についたメニューを直感的に選ぶ。
「あ、じゃあこの、『あずきチョコ』ください」
あずきチョコを選んで店から立ち去ろうとすると、後ろに並んでいた他校の女子グループの会話が聞こえてきた。
「あー。あずきチョコかあ……絶対微妙だよね」
「うん、別々に食べたいかも」
 店から二十歩ほど離れたところで、僕は誰に言うでもなく呟く。
「そんなの、食べてみないとわからないよ」
 そのまま横目で松野を見ると、なんと肩を震わせて笑っているではないか。
「ふ、ふふっ」
「え、松野? 今の何かおかしかった?」
「……ううん、なんだろう」
 ぶわり。吹き抜けた風で、松野の髪が一瞬ボブカットっぽく広がる。短い髪が揺れて、松野は遠慮がちに続けた。
「――ただ、加澤くんの言葉、当たり前のことのはずなのに、すごく新鮮だった」
「???」
 それから松野はおもむろに言う。
「わたし、絵本が好きなの」
「絵本?」
「うん。絵本は大人でも楽しめるものが出てたりするの。もちろん、私たちくらいの年齢でも楽しめるものも多くって……」
 彼女の声がそこで引っ掛かったように止まる。僕は頷き、次の言葉を待つ。
「……ネットで買うのは親に禁止されてて、本屋さんで注文するのも勇気が要って踏み出せなくて、でも、わたしはどうしても欲しい絵本があって。
 それでね。小さな本屋さんのバーゲンブックでようやくその絵本を見つけたの。ほら、あの手の本って、バーコードのついた値引きのシールが裏に大きく貼ってあるよね。
 あまり見た目が良くないから、家に帰って、すぐにその値引きのしるしを剥がしたかった。
 でも、失敗した。ずっと大切にしたい本だったのに、貼られたシールをはがそうとして、表紙に傷をつけてしまったの」
 松野はうつむき加減になり、そのまま続ける。
「わたしにも、それと同じようなシールが貼られてるって思うとね。
 無理矢理剥がそうとすると、自分を傷つけてしまう。そんなシールがわたしにも貼ってあるの。例えば、わたしがかげで呼ばれてる『座敷わらし』ってあだ名とか」
「…………」