「…………」
 蓋をするように、八面ダイスを、再び引き出しの中におしこめる。
 もう外は真っ暗だ。
 そっとカーテンを閉めると、机の上でスマホが振動した。メールだ。
 中身をチェックして、その差出人に僕は驚いた。
『加澤くんへ、お願いがあります』
――松野、瑞夏。
 松野から送られてきたそのメールを目の前にして、僕の胸中には様々な感情が複雑に絡み合って渦を巻いている。
 稲田先生の件で空港に行く途中、孝慈のすすめで連絡用にと教えあっていたメールアドレス。
 SNSを一切利用しない松野が持つ、クラスメイトとの数少ない接続。
 松野瑞夏の名前でリストに登録したアドレスから届いたのは、こんな文面だった。
『前々から、加澤くんとは個人的に話がしたいと思っていました。
もし加澤くんが良ければ、今度グループワークとは関係なく、街でも歩きながら話がしたいのですが……どうでしょうか?』
 僕は自室でひとり、衝撃を隠せなかった。
 松野とふたりで、デート?
 彼女は押しても引いても興味を示してくれなさそうな、典型的なおとなしい子。少なくともぼくにはそう見える。
 だけど、こんな垂直落下の絶叫マシンのような進展があっていいものか。
 落ち着かない頭の中を必死にまとめながら、今は彼女のメールに一刻も早く答えが出したかった。
『喜んで!』と素直な気持ちを打ち込んで、すぐに消し直す。もっとさりげなく書かなければ……。
 結局、返信に価する文面ができたのは、それから数十分後だった。