僕と鈴夏との関係が動いたのは二年生になってから。
 それは、ある日の美術の授業でのこと。進級したばかりのときだった。
 その時期にあった出来事と言えば、鈴夏と休み時間によく話していた男子が、鈴夏に友達でいたいからとフラれたことだったと思う。
 僕は美術の時間は憂鬱だった。テーマによってはまったくと言っていいくらいアイデアが浮かばなくなる。
 つくりたいものが何も浮かばないことが多々あり、スケッチブックを白紙や書きかけで出したり、工作の時は、授業が終わる十分前に適当なパーツを適当に組み合わせて「やっと思い付いたけど間に合わなかった」風を装ったりした。
 当然、小学校の時から図工・美術は真ん中より下の評価を貰っていた。
 しかも、担当の先生は実際に作品を発表しているクリエイティブな人で、そのためか課題には一風変わったものが多く、よく僕を悩ませた。
 なかでも頭を抱えた課題が、サイコロのアートだった。
 それは、大きさが牛乳パックの半分ほどある、正八面体の大きなサイコロだった。
 トランプのダイヤというか、ひし形の少し不思議なかたちをしていて、三角形の面が八つある謎のオブジェ。
 普通の八面ダイスと違うのは、面に数字が何も書いていなく、真っ白だということだった。
 先生の説明によるとそれは小物入れらしく、真ん中で横半分にパカリと開いた。
 中は婚約指輪のケースのように赤い布が張られた空洞で、そこに物を入れられる。
 この小物入れは一から製作する方法もあるらしいが、授業時間の問題で、キットを人数ぶん購入したとのこと。
 そのため、僕たち生徒がする主な作業は、白紙のサイコロに絵を描くという簡単なものだった。
 八つの面に描く絵はあらかじめ指定されていた。
 自分の夢、趣味、得意なこと、好きな作品のキャラクターなど、そうしたものを八種類、絵にして色鉛筆で書き込む。
 その中に、『大切な友達』を描く面があった。
 僕は他の面をどうにかして作ったが、この面だけは授業の最後まで描くことができなかった。
 大切な友達。
 話し相手はいる。休み時間に男子の誰かが僕の席にやってくる、あるいは僕が声をかけると機嫌でも悪くない限り気さくに応じてくれる。
 それなのに見つからなかったのだ。『大切な友達』の面に描きたい相手が。
 適当に描けばいい話かもしれない。でも、そんなことをすれば、大切な友達としてあつかったことは嘘になる。悩みすぎかもしれない。でも、僕にはどうしてもそれが出来なかった。
 授業終了までに描くことができず、その一面を下にして提出用の机へと並べ、描かないままにしていたことを秘密にしていた。
 その後、やっぱり何か描かなければと思い直し、放課後、すぐに教室を抜け出し、陸上の練習が始まる前に美術室へと忍び込んだ。
 よく話すな、と思うクラスメイトはいたので、彼の似顔絵をこっそり、無謀にも五分で仕上げるつもりだった。そしてそれは当然、偽りを描くことでもあった。
「……結人くん、だよね――。何してるのさ?」
 僕が色鉛筆を持って美術室の机の自分の作品に近づくと、すぐ後ろから声をかけられた。
「あ……」
 慌てて振り返ると、そこには鈴夏が立っていた。