先生はガラス壁の外を見て答える。
「ああ。三日後に海外に行くって時になって、あいつが打ち明けてくれた、亡き母との思い出。それがずっと、心の中で引っ掛かってたんだ。
 だったら俺が、彼女のわだかまりを吹き飛ばせるかもしれない――、っていう、今思えばずいぶんと偉そうな思い込みだった」
「でも、それで先生が空港に来れないなら、本末転倒じゃないっすか」
「……ああ」
 孝慈に叱責され、稲田先生はため息をついた。
「――その上で、先生。俺、思うんです」
 そんな稲田先生に、孝慈は言う。
「ぬいぐるみがうまく作れなかったとしても、気持ちはきちんとこもっていると思うし、先生が作ったということが肝心だったと思います。
 モノに気持ちがこもってるかなんて、目には見えないし、分からないって考えもあるけど。
 でも、少なくとも恵実さんにはきちんと伝わってましたし、なら、それで良いんじゃないですか?
 ふうちゃんを再現できたかどうかなんて、問題じゃないと思います」
 孝慈が言い終えるのと同時に再び空港のアナウンスが入る。案内音声の後、稲田先生は、
「……そうだな。肝心なことを忘れていたよ」
ポツリとつぶやいた。
 僕はふと思い出し、ポケットから未来写真を取り出す。
 写真をもう一度見ると、景色が変わっていて、自分に呆れつつもほっとしたような表情の先生が僕たちと写っていた。
 やがて、周囲にオレンジ色の光が溢れ出す。
 和歌子を見ると、彼女の髪飾りに、二枚目のクローバーの葉が色づいていた。
 松野と目が合う。
 彼女はこちらを見てふっと微笑んだ。
 僕は未来写真を挟み、手帳を閉じた。
 稲田先生は写真のことなど知らず、窓の外を見て言う。
「はやくメールしとかなきゃな。これで連絡まで遅れたら、今度こそ愛想尽かされて、お前たちの活躍まで無駄になってしまう。どっちにしろ、俺は後で国際電話ごしに土下座だ」
 ほっとしたような表情でメールを打っていた。
しばらく全員が黙っていたが、
「なあ、お前たち」
 稲田先生が僕たちを見て、思い出したように口を開いた。
「--この際、どうやって俺の事情を知ったかなんて、気にしない。けど、どうしてわざわざ空港まで来て、恵実にぬいぐるみを手渡してくれたんだ?」
 そんなことしても、お前達には何の得もないのに。
 首をかしげる稲田先生に、孝慈が答えた。
「それは、俺らがそういうメンツだからッスよ。先生もラッキーでしたね」
「え? それは?」
 それはどういうことだ?と聞いた稲田先生。
 孝慈はふははっ、と笑うと、片手でVサインをつくって答えた。
「なんてったって、俺たちのグループ名は、『幸運集めのフォークローバー』ですからね」