――視線。
 僕の視線が松野(まつの) 瑞夏(みずか)のよこした視線とぶつかるのは、時間の問題だった。
 書店の青いエプロンに身を包み、伏し目がちにレジ打ちをするショートヘアーの彼女。
 透き通るような白い腕が、てきぱきと袋に本を詰める。
 とっさにうつむいたらしい横顔からはその表情をうかがえない。
 同じクラスの松野は、入学式で初めて会ったときから印象的だった。
 ぱっちりとした二重だが、いつも眠そうな目。それから、控えめで猫背ぎみの小さな背中。重めのショートヘアーのうしろ姿からは、雪のような首すじの肌が時おりのぞく。
 色白で寡黙な彼女は、一年A組の中でもどこか浮いた存在感があった。
 今は七月。期末試験が終わり、夏休みが数日後に迫っている。
 一ヶ月前、六月の初めの頃から、彼女がいるのを頻繁に見かける。
 そして、最近は三日連続で彼女の姿を見ている。
 まただ。
 思わず、そう心の中で自分に言う。
 松野がいつもこの時間帯にレジにいるのと、僕が思わずカウンターを確認してしまうのと、互いの視線が同時にぶつかるのと、すべての意味で。
 前までは、レジに松野がいてもどうということは無かったのに。
 客はその人で最後だった。
 すぐにカウンターの奥から若い男の人が出てきて、松野とレジを交代した。終わる時間だったようだ。
 松野はそのまま奥に下がる。
 いつもなら、カーテンの奥、スタッフルームと横に書かれた扉に消えていくはずだった。
 だが、今日は違った。
 歩みだす、松野。
 松野はカウンターを出ると、売り場のほうに体を向けた。
 そして平積みのコーナーをジグザグに横切って、四列目の黒い棚、僕がいる方へと歩いてきた。
 いつもなら、こんなこと、絶対にないはずなのに。
――どうして?
 黒いローファーの足音とともに、松野が近づいてくる。