「あ、笑ってくれましたね」
「え?」松野はハッとしたように口もとに手を当てた。
「瑞夏さん、テーブルに座ったときからずっと下向いてわたし達と話してたから。具合悪いのかなって思ってすごく心配でしたよ」
「ううん。そんなことないけど、ごめんね。わたし、こんなんだから誤解されやすくて」
 和歌子に言われて緊張がほぐれたのか、松野の言葉が心なしか柔らかくなった。
「瑞夏さんが謝ることないですよ。それで、瑞夏さんのことと、その方とがどう関係してるんですか?」
「前、放課後にたまたま一人で教室に残ってたときに、ばったり会って。向こうは忘れ物を取りに来たらしくて。その時に、名前のことが嫌じゃないかって聞かれて」
「ほうほう」
「何かあったら相談に乗るよって言われてメアドを渡された」
「ほぁー、それはそれは」
 和歌子はボソッと言う。
「――ピンチですね、結人さん」
「? 何のこと?」
 首をかしげた松野。僕は慌てて否定する。
「和歌子ちゃん、誤解を生むようなこと言わない!」
「いえいえ、わたしには分かるんです。隠してもムダですよ、結人さんっ」
 そういえば、さっきも同じようなやりとりが、松野と立場を逆にして行われていたような?
 今日、孝慈に言われたばかりのことを思い出す。
 あまり話したことも無かったのに、突然十年来の親友のように僕の席に近づいてきて耳打ちした孝慈。
『おい加澤、大ニュース』
『俺は後ろの席だからわかるんだけど、松野が授業中、お前のことを時々熱心に見つめてるみたいなんだ』
『だから、松野瑞夏はお前のことが好きなんだって』
 まさか、松野も僕のことを?
――なんて、あるはず無いじゃないか。
 松野とは、今さっき初めて話したんだし。
 いくら彼女のことが気になっているとはいえ、それはただの勘違いだぞ。まったく、孝慈も僕も、勘違いが甚だしい。
 僕は自らの思い上がりを必死にふりはらう。
「わたし、クラス会も彼に頼んで断ったの」
「クラス会か」
 先月と今月に、A組の仲を深めるという名目で、生徒たちの間だけでこっそり行われた会だった。
 二回とも気乗りしなかった僕は、あとで出席率の高さを聞いて少しだけ後悔したのを思い出した。
「そしたら彼、皆の、わたしへの心証が悪くなるからって、そもそも誘わなかったことにしてくれた」
「クラス会……あっ」
 とつぜん和歌子が言った。
「瑞夏さん、そのオノデーラって人、もしかしてこんな感じの」
 和歌子も気を使っているつもりなのか、孝慈のイントネーションを変えてそう言った。
「え、オノデーラを知ってるの?」
「はい、たまたま記憶の中にありまして……ええと髪の毛はこんなで――」
 小さな手を頭上にかかげ、彼の風貌を必死に説明しようとする。
と、そこに背の高い男性の店員がやって来て、
「――追加注文、お待ちどおさまッス」
 大きな皿を勢いよくテーブルに叩きつけた。
 やけにフランクな店員だなと思って顔を上げた僕は、その人物を見て驚いた。
「頼んでないんですけど……って!? お前っ、オノデーラ……じゃなくて、コージ!」
「えっ、もしかしてオノデーラさん!?」
「オノデー……うっ、孝慈くん……」
「……お前らさあ、なにさっきから俺の名前で遊んでるわけ?」
 小野寺孝慈。
 人目を引き付ける、百八十九センチの長身。スポーツマンらしい引き締まった体躯と、日に焼けた健康的な肌。
「噂をすれば、ですね」和歌子がささやく。
「孝慈くん――」
「よう、松野。珍しいな、お前がこの店に来るなんて」
 二十枚ほど重ねた皿を片手に持ちながら、孝慈は言った。
 額の下から快活な笑顔をのぞかせて。