「孝慈くんだよ。ふだんは下の名前で呼ばれてる」
「コージが?」
小野寺孝慈は、同じ1Aのクラスメイトだった。
本人の見た目や人柄よりも、コージ、コージとクラスの皆が呼ぶ声のほうが印象的だった。
有り体に言えば人気者、のはずなのだけど、気づけば輪の中心から消えている、そんなどこかクリアな、少しだけ不思議な人物だった。
「わたし、中学の時から彼と同じ学校で。下の名前で呼んだら気づかれちゃうと思ったから」
「うん。で、――そのオノ・デラは今どこの席に?」
ばれないように、僕は名字を区切って小さくささやいた。
「ううん、お客さんじゃなくて。この店でバイトしてるみたい」
「あ、店員だったんだ。注文のときとか、見られたりしなかった?」
「今のところ大丈夫。彼は皿洗いの仕事だし、あんまりお客さんのほうには来ないのかも」
「ん? じゃあ、あいつがここでバイトしてるってのはどうしてわかったの?」
「よくメールしてるから」
「そうなんだ」
松野が孝慈とメールのやりとりをするという事実は、彼女についての最大の驚きだった。
「もともと仲が良かったの?」
「ううん、メールで話すようになったのは高校になってから」
「へえ。それは、きっかけは何?」
「……えっとね、」
松野は何か言おうとする。しかし、それきり彼女はうつむいて黙った。何か言うようすは無い。
「……座敷わらし」
「え?」
しばらく経ってようやく松野が言った言葉の意図が、はじめわからなかった。
「和歌子ちゃんのこと?」
「ううん、わたしが皆に呼ばれてる名前のほう」
「あ、うん、そうだったね……」
「へー! 瑞夏さんも座敷わらしだったんですか、ビックリです!」
「いや、違うんだ、和歌子ちゃん」
「ほえ?」
僕が言いあぐねていると、松野が小さく言った。
「わたしの、あだ名だから……」
「――あだ名が『座敷わらし』? それはまた、どうしてですか?」
「あまりいいあだ名じゃないの。由来が、ちょっとね」
「由来、ですか?」
「うん。わたし、他人とうまく話せないんだ」
松野は無理に笑みをつくって言う。
「わたしがこんな暗い性格だから、そのことで」
「松野……」
――『座敷わらし』。それが一部の人間のあいだでの、松野瑞夏のあだ名だった。それは松野に対する親しみからではなく、面白がってのこと。
重めのショートヘアーと、うつむき加減の表情。
無口で他人と関わろうとしない、いつも教室で独りでいる、放課後になった瞬間いなくなる。それらのイメージから当てはめられた、彼女に対する冷笑だった。
高校生にもなるとそれなりの分別はつくのか、陰でその「座敷わらし」という名前を言うのはごく一部の人間だけだった。
それでも、座敷わらしというあだ名が彼女のイメージを形づくっていることは否定できなかった。
「それは許せないですね!」話を聞いた和歌子が眉をつり上げた。
「わ、和歌子ちゃん?」横に置いていたスプーンを逆手に握りしめた彼女の形相に、僕は思わずのけぞった。
「そんなひどい理由で座敷わらしの名前を持ち出すなんて、わたしたち座敷わらしにとっても、死活問題です!」
「怒るポイント、そこ?」
「あ、も、もちろんそんな呼び方は瑞夏さんに悪いよっていちばん思います! ホントですよ?」
「ふふっ」
和歌子のどこかずれた反応に、松野がこらえきれずといった感じで口元に両手を当てて言った。
それを見て、和歌子が何かに気づいたように言う。
「コージが?」
小野寺孝慈は、同じ1Aのクラスメイトだった。
本人の見た目や人柄よりも、コージ、コージとクラスの皆が呼ぶ声のほうが印象的だった。
有り体に言えば人気者、のはずなのだけど、気づけば輪の中心から消えている、そんなどこかクリアな、少しだけ不思議な人物だった。
「わたし、中学の時から彼と同じ学校で。下の名前で呼んだら気づかれちゃうと思ったから」
「うん。で、――そのオノ・デラは今どこの席に?」
ばれないように、僕は名字を区切って小さくささやいた。
「ううん、お客さんじゃなくて。この店でバイトしてるみたい」
「あ、店員だったんだ。注文のときとか、見られたりしなかった?」
「今のところ大丈夫。彼は皿洗いの仕事だし、あんまりお客さんのほうには来ないのかも」
「ん? じゃあ、あいつがここでバイトしてるってのはどうしてわかったの?」
「よくメールしてるから」
「そうなんだ」
松野が孝慈とメールのやりとりをするという事実は、彼女についての最大の驚きだった。
「もともと仲が良かったの?」
「ううん、メールで話すようになったのは高校になってから」
「へえ。それは、きっかけは何?」
「……えっとね、」
松野は何か言おうとする。しかし、それきり彼女はうつむいて黙った。何か言うようすは無い。
「……座敷わらし」
「え?」
しばらく経ってようやく松野が言った言葉の意図が、はじめわからなかった。
「和歌子ちゃんのこと?」
「ううん、わたしが皆に呼ばれてる名前のほう」
「あ、うん、そうだったね……」
「へー! 瑞夏さんも座敷わらしだったんですか、ビックリです!」
「いや、違うんだ、和歌子ちゃん」
「ほえ?」
僕が言いあぐねていると、松野が小さく言った。
「わたしの、あだ名だから……」
「――あだ名が『座敷わらし』? それはまた、どうしてですか?」
「あまりいいあだ名じゃないの。由来が、ちょっとね」
「由来、ですか?」
「うん。わたし、他人とうまく話せないんだ」
松野は無理に笑みをつくって言う。
「わたしがこんな暗い性格だから、そのことで」
「松野……」
――『座敷わらし』。それが一部の人間のあいだでの、松野瑞夏のあだ名だった。それは松野に対する親しみからではなく、面白がってのこと。
重めのショートヘアーと、うつむき加減の表情。
無口で他人と関わろうとしない、いつも教室で独りでいる、放課後になった瞬間いなくなる。それらのイメージから当てはめられた、彼女に対する冷笑だった。
高校生にもなるとそれなりの分別はつくのか、陰でその「座敷わらし」という名前を言うのはごく一部の人間だけだった。
それでも、座敷わらしというあだ名が彼女のイメージを形づくっていることは否定できなかった。
「それは許せないですね!」話を聞いた和歌子が眉をつり上げた。
「わ、和歌子ちゃん?」横に置いていたスプーンを逆手に握りしめた彼女の形相に、僕は思わずのけぞった。
「そんなひどい理由で座敷わらしの名前を持ち出すなんて、わたしたち座敷わらしにとっても、死活問題です!」
「怒るポイント、そこ?」
「あ、も、もちろんそんな呼び方は瑞夏さんに悪いよっていちばん思います! ホントですよ?」
「ふふっ」
和歌子のどこかずれた反応に、松野がこらえきれずといった感じで口元に両手を当てて言った。
それを見て、和歌子が何かに気づいたように言う。