孝慈が、重い口をゆっくりと開く。
「俺、鈴夏の病気のこと、何も知らなくて……お前が苦しい時に、兄らしいこと、なんも出来なくて――」
「ううん、さっき和歌子ちゃんから聞いたよ。この三週間、皆のためにずっと頑張ってたってことをね。それだけで、コージは私の最高の兄だよ」
「鈴夏……」
その言葉に、孝慈は意を決したように、
「――俺、バスケ部に入ろうと思ってるんだ」
そう打ち明けた。
「こうして不思議なグループワークやってみて、思ったんだ。何かに打ち込んでる時って、楽しいんだ。
でも、グループワークが終わったら、俺はまた打ち込んでることが無くなる。
――そんなのヤダって思った。
夏休みが終わってからも何かやりたい。じゃあ俺が一番楽しいのはなんだろうって、考えてくうちに、やっぱり、バスケだって思い直したんだ。だから俺、もういっかいバスケ本気でやってみる」
「――孝慈のこと、応援してるよ」
微笑んで、鈴夏は再び松野に言う。
「私の許しなんて、関係ない。だから、これからどうしたいかは、瑞夏が決めるんだ。歌高生になって、そばには結人君がいて、コージと和歌子ちゃんがいる。そうやっていまを生きてる瑞夏が、決めることなんだ」
松野はうなずいて、鈴夏に答えを返す。
「――今日の夕焼けを見て、だいじなこと、思い出したんだ。
わたし、児童心理学のコースがある大学に進むよ。教職も受けるから実習だってあるし、わたしには大変なこといっぱいあると思う。
でも、大人になったら鈴夏みたいな人たちに寄り添いたいって、決めたから」
松野の決意に自分の名前があったのを聞いて、鈴夏は驚いたようだった。
「……! 瑞夏、だから私のことなんて、忘れて欲しくて――」
松野はゆっくりと答えた。
「ううん。鈴夏との思い出を心に置いて、わたしはわたしとして自分のことを決める。
それは縛られることじゃないって、思うから。
だからわたし、鈴夏のことは絶対に忘れない。――これが、わたしが決めたことだよ」
「瑞夏……ごめん……ううん」
鈴夏はすぐに言い直した。
「――ありがと」
鈴夏の頬を一筋の涙が伝った。
涙が見えたのとほぼ同時に、鈴夏の姿が薄れ始める。
「……そろそろ、時間みたいなんだ」
告げた彼女のからだの周りに、オレンジ色のひかりが溢れだす。
「――結人くん」
鈴夏は、最後に僕にこう告げた。
「――瑞夏をよろしくね」
そのまま、彼女の姿はうっすらと消えていく。
「――鈴夏、ありがとう」
彼女は見えなくなる直前、こちらに微笑んだようだった。
やがて、オレンジ色のひかりがまぶしく弾けた。
その太陽のような輝きに、目の前が何も見えないくらい明るんで。
視界が戻ったとき、そこに鈴夏はいなかった。
彼女がいたことを示す跡なんて、当然残っていなくて。
さっき鈴夏がいたことは、まるで、時が止まった線香花火のような、そんな夢幻のような瞬間だった。
だけど、僕たちの時間は、ゆっくりと、それでも確実に、動き出していく。
僕たちは学校を後にする。花火を見るために、祭り会場への道を再び進む。
「俺、鈴夏の病気のこと、何も知らなくて……お前が苦しい時に、兄らしいこと、なんも出来なくて――」
「ううん、さっき和歌子ちゃんから聞いたよ。この三週間、皆のためにずっと頑張ってたってことをね。それだけで、コージは私の最高の兄だよ」
「鈴夏……」
その言葉に、孝慈は意を決したように、
「――俺、バスケ部に入ろうと思ってるんだ」
そう打ち明けた。
「こうして不思議なグループワークやってみて、思ったんだ。何かに打ち込んでる時って、楽しいんだ。
でも、グループワークが終わったら、俺はまた打ち込んでることが無くなる。
――そんなのヤダって思った。
夏休みが終わってからも何かやりたい。じゃあ俺が一番楽しいのはなんだろうって、考えてくうちに、やっぱり、バスケだって思い直したんだ。だから俺、もういっかいバスケ本気でやってみる」
「――孝慈のこと、応援してるよ」
微笑んで、鈴夏は再び松野に言う。
「私の許しなんて、関係ない。だから、これからどうしたいかは、瑞夏が決めるんだ。歌高生になって、そばには結人君がいて、コージと和歌子ちゃんがいる。そうやっていまを生きてる瑞夏が、決めることなんだ」
松野はうなずいて、鈴夏に答えを返す。
「――今日の夕焼けを見て、だいじなこと、思い出したんだ。
わたし、児童心理学のコースがある大学に進むよ。教職も受けるから実習だってあるし、わたしには大変なこといっぱいあると思う。
でも、大人になったら鈴夏みたいな人たちに寄り添いたいって、決めたから」
松野の決意に自分の名前があったのを聞いて、鈴夏は驚いたようだった。
「……! 瑞夏、だから私のことなんて、忘れて欲しくて――」
松野はゆっくりと答えた。
「ううん。鈴夏との思い出を心に置いて、わたしはわたしとして自分のことを決める。
それは縛られることじゃないって、思うから。
だからわたし、鈴夏のことは絶対に忘れない。――これが、わたしが決めたことだよ」
「瑞夏……ごめん……ううん」
鈴夏はすぐに言い直した。
「――ありがと」
鈴夏の頬を一筋の涙が伝った。
涙が見えたのとほぼ同時に、鈴夏の姿が薄れ始める。
「……そろそろ、時間みたいなんだ」
告げた彼女のからだの周りに、オレンジ色のひかりが溢れだす。
「――結人くん」
鈴夏は、最後に僕にこう告げた。
「――瑞夏をよろしくね」
そのまま、彼女の姿はうっすらと消えていく。
「――鈴夏、ありがとう」
彼女は見えなくなる直前、こちらに微笑んだようだった。
やがて、オレンジ色のひかりがまぶしく弾けた。
その太陽のような輝きに、目の前が何も見えないくらい明るんで。
視界が戻ったとき、そこに鈴夏はいなかった。
彼女がいたことを示す跡なんて、当然残っていなくて。
さっき鈴夏がいたことは、まるで、時が止まった線香花火のような、そんな夢幻のような瞬間だった。
だけど、僕たちの時間は、ゆっくりと、それでも確実に、動き出していく。
僕たちは学校を後にする。花火を見るために、祭り会場への道を再び進む。