変わらない彼女は、僕達のほうにつうっと歩み寄った。
僕はようやくしっかりと口を開くことができた。
「ほんとうに……鈴夏なんだね」
「そうだよ――、結人くん」
僕の問いに、鈴夏は微笑んで答える。
まるで、昨日も会ってきたみたいな、いつも通りの声で。
「あの時ね、陸上で倒れて、失敗したなぁって後悔して、目を開けたら、いつのまにかここにいたんだ。今は幽霊みたいなものらしいから、触れないけどね。分霊、だったっけ」
そう言って、鈴夏は和歌子を見る。
「そこの和歌子ちゃんから、事情は聞いた」
「皆さんが来る前に、お話していました。鈴夏さんは、座敷わらしのおまじないを叶えたんです!」
鈴夏は言う。
「座敷わらしのおまじないはね、願うと、『離ればなれになった人に会える』っていうものなの。
このおまじないを私に教えてくれた卒業生がいてね。私は生きている時におまじないをかけた。
最初はもちろん、『病気が治りますように』っていう願い事をするつもりだった。でも、おまじないにそういう効果は無いから、出来なかった。
だから代わりに、願ったの。おまじないの手順にのっとって、抱きつく前に、一人ずつ、腕に赤いインクで名前を書いて、絆創膏で隠してさ、願ったの。
『大切な人たちに、また会えますように』――ってね。
そしたら、幽霊として、こうして一回だけ皆に会うことができた。
この座敷わらしのおまじないは、自分ひとりだけのお願いじゃダメ。自分と誰かとの関係を結ぶ、そういう性質のものだから。
今の和歌子ちゃんは、人と人との幸運をとりもつ、そういう神様になったんだって」
「ええ、自覚したのは今さっきですが、それがわたしの与える幸運みたいです」
「縁結びってやつに近いかな? けど、今の和歌子ちゃんのご利益には、恋愛だけじゃなくて、友達や家族も含まれる。――だから、縁結びよりも広い、『人結び』、とでも言おうか」
「人結びの神様、か――」
その言葉を噛みしめる。
「……あのね、鈴夏――」
歩み出たのは、松野だった。
「やっぱり、わたし、鈴夏に聞かなきゃいけない」
「――瑞夏?」
「わたし、手紙を渡せなかっただけじゃない。加澤くんのこと……好きで……」
「――うん」
「加澤くんは鈴夏の大切な人だったのに、今、わたし……。だいじな手紙を渡せなかった張本人なのに、こうして、好きで……」
松野の言葉を聞いた鈴夏は、なんだ、そんなことか、と安心したように首を振る。
「私が病気なのに無理なんかしちゃったのが悪い、事実はそれだけだよ。瑞夏が気にすることなんて何もない」
「だけど……」
言いかけた言葉をさえぎって、鈴夏は松野に語りかける。
「良い? 瑞夏」
鈴夏は目を軽くつぶって、首を振った。
「いなくなっちゃったわたしが許すか許さないかなんて、もはや問題じゃないんだ」
鈴夏は目を開けて、いちど僕を見る。それから再び松野に語りかけた。
「結人君にはあの手紙でも書いたけど、瑞夏も、どうか私に縛られないでほしい。もちろんコージもね。私はそれだけ望んでる」
僕はようやくしっかりと口を開くことができた。
「ほんとうに……鈴夏なんだね」
「そうだよ――、結人くん」
僕の問いに、鈴夏は微笑んで答える。
まるで、昨日も会ってきたみたいな、いつも通りの声で。
「あの時ね、陸上で倒れて、失敗したなぁって後悔して、目を開けたら、いつのまにかここにいたんだ。今は幽霊みたいなものらしいから、触れないけどね。分霊、だったっけ」
そう言って、鈴夏は和歌子を見る。
「そこの和歌子ちゃんから、事情は聞いた」
「皆さんが来る前に、お話していました。鈴夏さんは、座敷わらしのおまじないを叶えたんです!」
鈴夏は言う。
「座敷わらしのおまじないはね、願うと、『離ればなれになった人に会える』っていうものなの。
このおまじないを私に教えてくれた卒業生がいてね。私は生きている時におまじないをかけた。
最初はもちろん、『病気が治りますように』っていう願い事をするつもりだった。でも、おまじないにそういう効果は無いから、出来なかった。
だから代わりに、願ったの。おまじないの手順にのっとって、抱きつく前に、一人ずつ、腕に赤いインクで名前を書いて、絆創膏で隠してさ、願ったの。
『大切な人たちに、また会えますように』――ってね。
そしたら、幽霊として、こうして一回だけ皆に会うことができた。
この座敷わらしのおまじないは、自分ひとりだけのお願いじゃダメ。自分と誰かとの関係を結ぶ、そういう性質のものだから。
今の和歌子ちゃんは、人と人との幸運をとりもつ、そういう神様になったんだって」
「ええ、自覚したのは今さっきですが、それがわたしの与える幸運みたいです」
「縁結びってやつに近いかな? けど、今の和歌子ちゃんのご利益には、恋愛だけじゃなくて、友達や家族も含まれる。――だから、縁結びよりも広い、『人結び』、とでも言おうか」
「人結びの神様、か――」
その言葉を噛みしめる。
「……あのね、鈴夏――」
歩み出たのは、松野だった。
「やっぱり、わたし、鈴夏に聞かなきゃいけない」
「――瑞夏?」
「わたし、手紙を渡せなかっただけじゃない。加澤くんのこと……好きで……」
「――うん」
「加澤くんは鈴夏の大切な人だったのに、今、わたし……。だいじな手紙を渡せなかった張本人なのに、こうして、好きで……」
松野の言葉を聞いた鈴夏は、なんだ、そんなことか、と安心したように首を振る。
「私が病気なのに無理なんかしちゃったのが悪い、事実はそれだけだよ。瑞夏が気にすることなんて何もない」
「だけど……」
言いかけた言葉をさえぎって、鈴夏は松野に語りかける。
「良い? 瑞夏」
鈴夏は目を軽くつぶって、首を振った。
「いなくなっちゃったわたしが許すか許さないかなんて、もはや問題じゃないんだ」
鈴夏は目を開けて、いちど僕を見る。それから再び松野に語りかけた。
「結人君にはあの手紙でも書いたけど、瑞夏も、どうか私に縛られないでほしい。もちろんコージもね。私はそれだけ望んでる」