祭り囃子が灯火を引き連れて近づいてくる。
周囲にオレンジ色のひかりが満ち、僕の手元の未来写真が変化した。僕たちが全員揃った今この瞬間だった。――その中には、和歌子も写っていた。
オレンジ色のひかりは、高台から見える夕陽のほうへとカーテンのように続いていた。
歌扇野の夕焼けだ。ずっと奥には、この街を横切る大きな川も見える。
夕焼けの光が川面に反射して、水面は氷の粒のようにきらめいていた。その光景が、僕の心の中を、切なくてあたたかいもので、すうっと埋めていく。
こんな景色の存在を、ずっと忘れていた気がする。鈴夏がいなくなって以来、ずっと忘れていた景色だ。
「……きれいだね」
川面の夕焼けを見ながら、松野がそう"言った"。
「――あ……。声、戻ったんだね」
「みたい」
僕の問いかけにうなずいてから、松野は川面を見て続ける。
「――わたし、こうして皆と過ごすまで、夕焼けを見ても『きれいだ』って素直に思うことができなかった」
子供の頃から、夕焼けを見るとむしょうに悲しかったんだ、松野はそう前置きして続ける。
「一日が終わって、夕陽の色を空に見るたびに、『ああ、もう終わっちゃうのか』『今日も変われなかった』って、いつも達成感よりも後悔が先に来た」
松野は夕焼け空の向こう側を見通すように、ゆっくりと顔を上げた。
「鈴夏の事故の、三ヶ月くらいあとだった。その日は学校で、大学から出張授業が来た日だった。
その夜、授業でもらったその大学のパンフレットが目についたの。一枚の大学案内を見て、児童心理学のコースがあることを知って。
その日、眠れなくて、ずっと考えてて、そのままほとんど朝になってしまった。ふと窓の外を見ると、朝焼けが空に見えたんだ。その瞬間、わたしの中で色んなことが決まってたの。
鈴夏みたいな人に寄り添いたい。何かを抱えた子供たちの、ちからになりたい。だから、この大学に入って、こんな勉強をして、こんな生き方をして--、って。
今感じた気持ちは、あの日の朝焼けを見たときみたいな、ふしぎな覚悟だった。
皆と過ごすうちに、わたしにもやっとわかったんだ、これがわたしの決意なんだって」
高台には、かすかに風が吹いている。
見なれた歌扇野の夕焼けのはずなのに、いつもより綺麗で、どこか切なかった。
「この夕焼けを見て、だいじなことを思い出せた。朝焼けじゃなくても、夕焼けでも
きちんと思い出せたんだ」
松野の決意の言葉に、皆が何を言うわけでもなく頷いて。
それに続くように、孝慈が口を開いた。
「俺さ、皆とグループワークしてるうちに、この夏は一度きりなんだって、そう思えたよ。
来年も同じ季節はやってくるけど、今年の夏っていう現在には、今この瞬間しか出会えなくてさ。――夏に限ったことじゃない。
高校生活だって、後悔したくないって思えたんだ。――俺、バスケ部入ることにするよ」
僕も夕焼けを見ながら、その決意を声に出す。
「僕はまだ松野みたいに大学は決まってないや。けど、人助けに近い、そんな仕事がしたいって思ってる。
この夏休み、ほんとうに色んなことがあって、そのおかげかな。やっと見えてきたんだ」
そのまま僕たちは夕焼けを見ていた。
空が暗くなりかけた頃、
「そろそろ、本体に戻らないといけません」
夕陽に背を向けると、和歌子が言った。
「――このひと夏の思い出が、皆さんにとってのかけがえのない『ひかり』になること。わたしからもお祈りします」
「和歌子ちゃん――ありがとう」松野が言った。迷いを断ち切った声だった。
和歌子は、いつになく真剣な表情で、僕と松野とを交互に見て、
「――わたしの本来の使命は、人々に、ささやかな幸運を与えることですので」
胸に手を当てて、目を閉じ、わずかに微笑んだ。
消えかかった和歌子がふと寂しそうな表情をしたのを、僕は見逃さなかった。
やがて日はゆっくりと沈み、和歌子の分霊が消えた。
「――まさか、ね。いいや、どっちにしても、日没で分霊は消えちゃうんだ」
「? 一応、和歌子の無事を確認しに行かねぇとな」
僕たちは歌高の校舎に向かう。最後の一仕事だ。
周囲にオレンジ色のひかりが満ち、僕の手元の未来写真が変化した。僕たちが全員揃った今この瞬間だった。――その中には、和歌子も写っていた。
オレンジ色のひかりは、高台から見える夕陽のほうへとカーテンのように続いていた。
歌扇野の夕焼けだ。ずっと奥には、この街を横切る大きな川も見える。
夕焼けの光が川面に反射して、水面は氷の粒のようにきらめいていた。その光景が、僕の心の中を、切なくてあたたかいもので、すうっと埋めていく。
こんな景色の存在を、ずっと忘れていた気がする。鈴夏がいなくなって以来、ずっと忘れていた景色だ。
「……きれいだね」
川面の夕焼けを見ながら、松野がそう"言った"。
「――あ……。声、戻ったんだね」
「みたい」
僕の問いかけにうなずいてから、松野は川面を見て続ける。
「――わたし、こうして皆と過ごすまで、夕焼けを見ても『きれいだ』って素直に思うことができなかった」
子供の頃から、夕焼けを見るとむしょうに悲しかったんだ、松野はそう前置きして続ける。
「一日が終わって、夕陽の色を空に見るたびに、『ああ、もう終わっちゃうのか』『今日も変われなかった』って、いつも達成感よりも後悔が先に来た」
松野は夕焼け空の向こう側を見通すように、ゆっくりと顔を上げた。
「鈴夏の事故の、三ヶ月くらいあとだった。その日は学校で、大学から出張授業が来た日だった。
その夜、授業でもらったその大学のパンフレットが目についたの。一枚の大学案内を見て、児童心理学のコースがあることを知って。
その日、眠れなくて、ずっと考えてて、そのままほとんど朝になってしまった。ふと窓の外を見ると、朝焼けが空に見えたんだ。その瞬間、わたしの中で色んなことが決まってたの。
鈴夏みたいな人に寄り添いたい。何かを抱えた子供たちの、ちからになりたい。だから、この大学に入って、こんな勉強をして、こんな生き方をして--、って。
今感じた気持ちは、あの日の朝焼けを見たときみたいな、ふしぎな覚悟だった。
皆と過ごすうちに、わたしにもやっとわかったんだ、これがわたしの決意なんだって」
高台には、かすかに風が吹いている。
見なれた歌扇野の夕焼けのはずなのに、いつもより綺麗で、どこか切なかった。
「この夕焼けを見て、だいじなことを思い出せた。朝焼けじゃなくても、夕焼けでも
きちんと思い出せたんだ」
松野の決意の言葉に、皆が何を言うわけでもなく頷いて。
それに続くように、孝慈が口を開いた。
「俺さ、皆とグループワークしてるうちに、この夏は一度きりなんだって、そう思えたよ。
来年も同じ季節はやってくるけど、今年の夏っていう現在には、今この瞬間しか出会えなくてさ。――夏に限ったことじゃない。
高校生活だって、後悔したくないって思えたんだ。――俺、バスケ部入ることにするよ」
僕も夕焼けを見ながら、その決意を声に出す。
「僕はまだ松野みたいに大学は決まってないや。けど、人助けに近い、そんな仕事がしたいって思ってる。
この夏休み、ほんとうに色んなことがあって、そのおかげかな。やっと見えてきたんだ」
そのまま僕たちは夕焼けを見ていた。
空が暗くなりかけた頃、
「そろそろ、本体に戻らないといけません」
夕陽に背を向けると、和歌子が言った。
「――このひと夏の思い出が、皆さんにとってのかけがえのない『ひかり』になること。わたしからもお祈りします」
「和歌子ちゃん――ありがとう」松野が言った。迷いを断ち切った声だった。
和歌子は、いつになく真剣な表情で、僕と松野とを交互に見て、
「――わたしの本来の使命は、人々に、ささやかな幸運を与えることですので」
胸に手を当てて、目を閉じ、わずかに微笑んだ。
消えかかった和歌子がふと寂しそうな表情をしたのを、僕は見逃さなかった。
やがて日はゆっくりと沈み、和歌子の分霊が消えた。
「――まさか、ね。いいや、どっちにしても、日没で分霊は消えちゃうんだ」
「? 一応、和歌子の無事を確認しに行かねぇとな」
僕たちは歌高の校舎に向かう。最後の一仕事だ。