夢を見ているのだと、すぐに分かった。
 孝慈の鞄を漁っている自分自身のことを、上から俯瞰して、見上げていたからだ。
「ない……ない……、なんで。……どうして、無いんだよッ――!」
 夢の中の僕は、現実には開けなかった孝慈の鞄の中をしっかりと見ていた。
 孝慈の鞄の中を調べる夢の中の僕。
 でも、彼の正体が分かりそうなものは、どこにも見当たらない。
 生徒手帳ならあった。だが、手書きの持ち主欄には住所も誕生日も書いていない。
 だめだ。もっと、確実に彼の正体に迫れるもの。保険証とか。そういう肝心のものがない。この鞄じゃなくて、財布の中とかに、肌身話さず持ち歩いてるのか? 
 他人の持ち物を血眼になって漁る僕。
 その後ろには、いつの間にか松野が立っていた。
「…………」
 松野が、軽蔑したようなまなざしで僕を見つめる。
「……何をしているの?」
「ま、松野――。ちがうんだ、これは――!」
「……孝慈くんを、疑っているの?」
「だ、だって、あいつが病院で言ってたこと、なにかがおかしかったから……」
「そんなこと関係ないよ。……どうして、孝慈くんの鞄を漁っているの?」
「だって、分からないから……。あいつが鈴夏のなんなのか、結局最後まで分からなかったから……だから、こうするしか、無かったんだ」
 夢の中の僕は、稲田先生に電話をかけていないらしい。
 松野は僕の情けない言い訳なんて聞くわけもなく、哀しそうに言った。
「わたし、座敷わらしのおまじないっていう加澤くんの予想、ほんとうに心から信じてた。
 あの時、鈴夏がコージくんに抱きついてるとこを見たけど、コージくんを疑う気持ちが晴れたのは、加澤くんの言葉を信じてこそだった。
――なのに、加澤くんはその気持ちを裏切るの?
 わたしには都合の良いこと言っといて、自分ではその予想を信じてない。だからでしょ、コージくんの鞄を漁ってるのは」
「そういうわけじゃ――」
「座敷わらしのおまじないなんて、こじつけだったんだね。わたしを安心させるための嘘だったんだ」
――これは夢なんだ、松野の言葉じゃなくて、僕の推理に不安があるせいで見てる夢なんだ。それでも、苦しかった。
「……加澤くんのこと、信じてたのに」
 松野は嗚咽まじりに言い捨てると、背を向けて駆け出した。
「……さよなら」
「松野! 待って……違うんだ! コージは、あいつは、ほんとうは――!」
 あとの言葉が続かない。
 孝慈とは、何者か?
 その答えを知らない夢の中の僕は、駆け出した松野を立ち止まらせることができない。
 松野の姿が遠ざかっていく。追いかけても、追いかけても、松野は遠ざかっていく。
 そんな夢の中で、僕は思い至る。
 ここだ。これは、間違いなく、あの未来写真のシーン。僕の推理の甘さが、松野を深く傷つけてしまったバッドエンド。
 四つの不幸を解決するという一番の目的は達成したのに、最後の最後で大切な人と仲違いしてしまった、後味の悪い結末。
 その時、
(……、……加澤くん)
 誰かの口がそのかたちに動いたのが、薄目ごしに見えた。
「……ああ」
 目を開ける。僕の顔を心配そうにのぞき込んでいるのは、松野だった。
 他の二人も目の前にいる。
「急に倒れたので、心配しましたよ。ここはお祭り会場にある仮設の医務室です」
 松野の隣にいた和歌子が言った。
「そうか」
 僕は硬いベッドから体を起こす。
 ここ一週間、孝慈の動向を追ったり、夜通し考え続けたりして、無理がたたったらしい。
 そして今の夢。
 きっとあの夢は、真実を知らなければ、本当のことになるんだ。
 だけど、僕は今、その結末を回避するための真実を知っている。さっきの夢には無くて、今の僕だけが持っている鍵を。
「体は大丈夫なのか? もっと休んでたほうが――、」
 心配する孝慈に、僕は首を振った。
 そして、ゆっくりと松野に言う。
「――今から、コージのことを話そうと思う。それは松野が知らない話。そして、君が知らないこの不幸を解決する物語」