瑞夏は自嘲ぎみに文字を打ち、送信する。
『まるでわたし、自分のあだ名じゃなくて、ほんとうの座敷わらしみたいだよね。去るときに、みんなに暗いものを残していなくなる。和歌子ちゃんは幸運の座敷わらしだけど、わたしは不幸の座敷わらし』
「そんなこと、ない。松野っ」
 結人が背中ごしに拳をぎゅっと握りしめたのが、見なくても分かった。
 瑞夏はメールで返す。どうやっても、冷たい文章しか書ける気がしなかった。
『加澤くんが気にすることじゃないよ。たんに、わたしに貼られたシールが増えただけのこと。人とうまく話せなくて、気味悪がられてて。「座敷わらし」っていうアダ名をよく表した在庫処分のシールが』
 どうして加澤くんにこんな嫌な言い方をしてしまうのだろう。
 剥がそうとすれば、傷つくから? だから、剥がれないように、また、新たなシールを貼って、固めていくのだろう。
 こうして冷たい態度を取ってみせるのも、新たなシールの一枚なのだろう。
 瑞夏は心の中でつぶやくと、再び文字を打ち込む。
『だから、わたしのことは気にしないで。もうどうしようもないんだ、一度貼られちゃったシールは。
「座敷わらし」のシールも、「裏切り者」のシールも』
 結人はそれらに答えずに、ただ、こう言った。
「こんなこと言うのは、無神経だって分かってる。でも、それでも、あえて言う」
 そう前置きして、
「――君と鈴夏は、やっぱり似ているよ」
 どこが似ている?
 そう打とうとして、やめる。
 瑞夏は理解する。結人が言おうとしていることを。
 それは鈴夏のほんとうのすがた、託されたままの手紙に垣間見た、彼女の空虚なやりきれなさだった。
 正反対に見える鈴夏と自分とは、そんな影の部分で惹かれ合っていたのかもしれない。
 加澤くん――。
 やっぱり、わたしは言わないといけない。
 端末の画面越しの筆談のまま、すべてを語ろうとした。
 自分のちょっとした迷いや疑いが、結果的に鈴夏を裏切ってしまったことを。
 孝慈に抱きついてたのだって、自分が手紙を託された時に同じようにされたように、病気の心細さからだったのかもしれない。二人は単に友達同士だったのかも知れないのに、疑り深くなっていたことを。
 それをほとんどぜんぶ、結人に隠さず打ち明けた。結人はその間、黙って聞いてくれた。
 でも、高校で結人を好きになってしまったことまでは、言えなくて。
 代わりに、今の気持ちを書いた。
『今、生きた声、わたしの自分の声で伝えたいことばかりだよ』
 冷たい文面ではないことに、送信してから気づいた。
『わたし、この夏にどうしても、加澤くんと、自分の声できちんと話したいことがあった。
夏祭りは、鈴夏の命日だから。加澤くんも、知ってるよね。あの大会の日が、ちょうど、きょうの夏祭りだから』
「…………」
『わたしは大会前に鈴夏から託されていた手紙を、加澤くんに渡すのをためらっていた。手紙の入ったあのダイスを託されたあとに、鈴夏が孝慈くんとふたりで、親しげに街を歩いているところを見た。
 だから、わたし、渡すのをためらって、その間に、鈴夏は倒れてしまった。
 鈴夏を疑ったせいで、わたしは大切な手紙を、彼女がまだ生きてるうちに、きちんと加澤くんに渡せなかった』
 そして、高校生になって。結人と同じ学校で。
 手紙のことに、もう一度向き合おうとした。
 このままでは、結人に秘密にしたままにしてしまうから。
『今年を逃したら、そのままわたしはどこまでも逃げるかもしれない。だから、この夏の、彼女の命日と同じ、夏祭りの日までに、どうしても伝えたかった』
 なぜだろう。涙が。
『なのに』
 端末に文字を打つ瑞夏の手が止まる。
『わたし、加澤くんと話したい。話したかったのに』
 声のない嗚咽は、きっと背中ごしに結人にも伝わってしまっている。
 再び端末に文字を打った。