――電話だ。机の上で、携帯が震えている。
 結人からだった。
「…………」やや迷ってから、無言で応答した。
 結人は言う。
「……その、じつは、家の前にいるんだ。孝慈に教えてもらって。勝手にこんなことして悪いとは思ってる。でも、どうしても話がしたかったんだ」
 家の前に?
 閉めっぱなしの窓、隠れるように降ろしたカーテンから、外を見る。
 ほんとうに結人が家の前に立っていて、驚く。
 反射的に、カーテンを閉める。
――わたしは、どうしたい?
 気づけば、玄関まで出ていた。
 インターフォンが鳴った。この扉の向こう側に、結人がいる。
「――星野鈴夏のこと、話したいんだ」
「…………」
 結人の声だった。
(もう、加澤くんに会うわけにはいかない)
 言おうとして、声が出ないことに気づく。
 メールに起こしながら、喋れないことがこんなにもどかしいことだなんて。久々に感じた気持ちだった。
 扉一枚を隔てて結人に、文章を送る。
『わたしには、加澤くんに会う資格なんて無いよ』
 届いたメールが読まれたのか、結人は言う。
「それでも、僕は松野と会わなきゃいけない」
結人にどうして、とたずねる。どうして、そこまでして?
「その時の僕は事実をみとめられなくて、どうしても葬儀に行けなかった」
 なんのことだろう? 思ってからすぐに、鈴夏のことだと気づく。
「松野みたいな人を知ってるんだ。彼女は陸上で、死んじゃったんだ」
 鈴夏が、わたし、みたい?
『……上がって』
 気づけばドアを開けて、結人を家に入れていた。
 瑞夏はそのまま、結人に背を向けて玄関の前の廊下に座り込む。
「松野?」
『わたしはメールで話すよ』
 文字だけなのに、冷たく突き放したような声に頭の中で変換されるのが、自分でもわかった。
「……わかった」
 結人が座る。
 瑞夏がメールの送信ボタンを押してから、はじめて結人はそれを読む。
 文章ができるまでは結人に見えないように。
 だから自然と、結人と背中合わせのかっこうになった。
 背中ごしに感じる、ぬくもり。
 相手の顔を見て話せないのが、自分の声で話せないのが、こんなにももどかしいなんて、いまはじめて知った。