その後のことだった。学校で保育園ボランティアの募集があって、一人だけ枠が余っていた。
 スケジュールの中に絵本の読み聞かせもあった。行くかどうか迷って、結局やめてしまった。
 もともと、瑞夏は絵本が好きだった。中学の時、芸術鑑賞の行事で、絵本原作のミュージカルを観て、雰囲気がとても良くて、しかも、小一の時に読み聞かせてもらった童話絵本が原作だったことが瑞夏にとっては驚きだった。
――こんなに深い作品だったんだ。
 小さな子どものためのものだと思っていた絵本を、好きになったきっかけだった。
 瑞夏は、図書館の読み聞かせボランティアの手伝いならやったことがあった。でも、自分がたくさんの子ども達の前で読むのは、と、読み手を引き受けるのはためらっていた。
 けっきょく、あの後買おうと決めたミュージカルの絵本は、さいきん小さな本屋さんのバーゲンブックでやっと見つけたのに、シールを剥がそうとして傷をつけてしまった。
――わたしなんかに、できっこないんだ。
 絵本についたシールの跡を見るたびに、たくさんの諦めを感じた。
 ボランティアを諦めた翌日、先生が残り一人の枠が埋まったと言ったのを聞いて、驚いた。
 引き受けたのは、意外にも、結人だった。
 マトイ書店で児童心理学の本を選んでいたのは、そのためなんだと分かった。
 やがて、放課後の図書室で、結人がこの前の本を読んだり、読み聞かせの練習をしたりしている姿を見かけるようになった。
 図書室の前を通るたびに見るその姿に、だんだん心を動かされていたのかもしれない。結人のことを考える時間が増えていた。
 ある日、図書室をのぞくと、結人が本を開いたまま疲れて寝ているのを見つけた。ぐっすり寝ているようだ。
 それを見て、ふと、中に入って、独り言のつもりでつぶやいた。
「……ねぇ、加澤くんは、どうして、このボランティアを?」
 眠っている結人を見ての独り言のつもりだったが、結人は半分だけ起きていたみたいで、彼はまどろみの中でこう答えたのだ。
「……僕は、まだ夢が無いんだ」
「…………!」
「……僕には、これしかできることがないから……まだやりたいことが見つからないけど、せめて何か見つけたくて――ね」
 言いながら結人はゆっくりとからだを起こした。
 聞こえていたのが恥ずかしくて、瑞夏はさっと図書室から出た。
 そっと遠目から振り向くと、起きた結人は誰もいなくて不思議そうにしていた。
 だけど、さっきの問いへのまっすぐな答えと、図書室で黙々と練習を続ける姿を思い出して、少しずつ、意識するようになったのかもしれない。 
 読み聞かせのアドバイスの手紙を書いて、結人の机の中にこっそり入れようともしたけど、結局、やめてしまった。
 それからは、気づけば、授業中に結人のことを見ていて。
 結人を好きになっていた。
 だけど、よりにもよって、裏切ったまま死んだ親友の恋人。