クローバーが君の夏を結ぶから

 そして、手紙を託されていた、地方大会の当日。
 以前、地方大会の時には県外まで鈴夏の応援に駆けつける約束をしていて、手紙の話はその時にされていたものだった。
 大会当日の朝、鈴夏は「よろしくね」と手紙のことに頭を下げた。
 八面ダイスの中に封入りの便せんがあることを確認すると、ため息が出た。
 なんのつもりかは分からないが、彼女が孝慈と並んで歩いて、抱きついたところまで見ている以上、結人に手紙を渡すのは憂鬱だった。
 瑞夏は大舞台の応援席で、ずっと迷っていた。
 教えられていた、加澤結人という男の子。
 何度か渡すチャンスはあったのに、そのタイミングをどれも逃していた。
 鈴夏と孝慈が親しくしている姿。
 鈴夏は結人とつきあっているはず。
 結人の話を何度もしてきたというのに。
 商店街でたまたま目撃してしまった光景が、頭の中をちらついて、ずっと躊躇していた。
 けっきょく渡せずじまいのまま大会が始まり、念ノ丘中学の陸上部の姿が会場に見えた。
 鈴夏と結人がベンチに入ったのを見て、渡すタイミングを完全に失った。
 やがて、
――この手紙と小物入れは、やっぱり鈴夏が自分で渡したほうがいいと思う。
――だいじなものなら、そうしたほうが良いよ。
 応援席で、そんな言い訳を考えた。
 それは、相手のためを思ってではなく、自分を守るためのずるい言い訳だった。
 そして大会は進み、鈴夏の出番になった。
 鈴夏が白線をスタートした、その十数秒後のことだった。
 会場のどこかで、小さな悲鳴が上がった。
 鈴夏は、コースの半分ほどをまわったところで、突然ふらついた。
 そのまま彼女は地面に突っ伏して、動かなくなった。
 はじめは、転んだのだと思った。
 しかし、彼女はいつまで経っても起き上がらない。
 最初に彼女に駆け寄ったのは、ベンチの中から走ってきた男子だった。
――結人だった。
 やがて、担架で、鈴夏は運ばれていった。
 会場は騒然となり、ざわめきの中で立ち尽くす結人の姿が、競技場でそこだけぽつりと取り残されていた。