クローバーが君の夏を結ぶから

 なんとか断る言葉を見つけようとした瑞夏に、
「――大丈夫」
 鈴夏は、いきなり抱きついてきたのだ。
「え?」
 とつぜん鈴夏に抱きしめられ、もちろん驚いた。
「――大丈夫。大丈夫だよ」
 お互いの腕の中で、彼女は何度もつぶやいていた。
 まるで、その言葉は、鈴夏が自分に言い聞かせているような。そんなふうに思えたのを、よく覚えている。
 そして、手紙とサイコロを渡された数日後のこと。
 親に買い物を頼まれていて、その帰り道だった。
――鈴夏だ。
 商店街のストリートに鈴夏の姿を目撃して、とても驚いた。
 ここは彼女の住んでいる歌扇野ではない。なぜここにいるのだろう。
 ショッピングに限って言えば、商店街は歌扇野と比べても店の多さや規模も同じくらいで、わざわざ彼女がここにいる理由がわからない。
 二の腕にはまた新しい絆創膏が貼ってあって、2つとも、遠目からでも赤くにじんでいるのが見えた。
 思っていたよりひどい怪我だったんだろうか。
 一瞬ののち、「おまたせー」と鈴夏のほうに歩み寄ってきた男子がいた。
(どうして……)
 それは、同じ中学の、小野寺孝慈だった。
 鈴夏と孝慈。ふたりきり。
 瑞夏は、自分の嫌な想像を必死に振り払おうとした。
 恋人以外の男の子と歩くことくらい、無くは無いよね?
 わたしは誰かと付き合ったことがないから、そのあたり、よくわからないし――。
 そう自分に言い聞かせるが、今見た光景と、結人のことを楽しそうに語ってくれた鈴夏の光景とが交互によぎり、板挟みのような感覚に襲われた。
 とっさに、見なかったことにして立ち去ろうとかんがえた。
 でも、この目で見てしまったのだ。
 鈴夏が、孝慈にしっかりと抱きつくところを。
 抱きつく瞬間を、はっきりと見た。
 そして、二人の会話。
「……おい……、こんなとこ、知り合いに見られたら」
「――いいんだ。私、もう何も怖くないから」
――どうして。
――嘘だ。
――こんなの、嘘だ――。
 その後、どうやって家に帰ったのか、覚えていない。
――鈴夏は、大切な人に、加澤くんに、手紙を渡したいんじゃなかったの? なのに、どうして、小野寺くんと……? どうして、疑われるようなことを……?
 一日中、それしか考えられなかった。