クローバーが君の夏を結ぶから


 瑞夏の頭の中を曇り空のように覆っていたのは、自分に貼られた絵本のシールのことだった。
 瑞夏が失った、『大切な友達』。
 始まりは中学の時、一年の冬のことだった。
 瑞夏は絵が好きで、美術部に入っていた。
 そこで行くことになった、県の絵のコンクールの授賞式で、初めて彼女と出会った。
 ショートヘアーがとても似合う、かっこいい女の子だと思った。
 生き生きとした瞳。
 彼女は誰か、身近だけど遠い、手の届かない存在に似ていた。
 誰だろうと一瞬考えてから、気づく。
――あっ、シラコーの形月ユズハ――!
 彼女は漫画の主人公に似ていた。前向きさがとりえの明るい女の子。特技は変装。
 鈴夏は髪型こそベリーショートでないが、まとう雰囲気がとても似ていた。
 ユズハが漫画から飛び出して、ほんの少し髪を伸ばしたら、鈴夏だ。
 主人公の形月ユズハは、読者投票ではずっと一位の人気キャラ。
 瑞夏はどちらかと言えばマイナーなものが好き。だから、一番人気のキャラクターというのはその避けるべき代表例のようなものだったが、ユズハだけは例外だった。
 そのユズハに似た女の子は、星野鈴夏という名前らしい。
 彼女の美しさは横顔でもっとも輝いていた。
 表彰式の前は、大勢の前で賞を手渡されるのを想像して早くも胃が痛かったのだが、そんな緊張は、鈴夏をひとめ見てからあっさり吹っ飛んでいた。
 その後、彼女と再び出会ったのは、絵の素材を探していて、たまたま観に行った中学陸上の大会だった。
 その会場の応援席。画材を鞄のなかに入れて持ち歩いていたのだが、鞄が空いたままだった。席を立った拍子に、中の色鉛筆を盛大にこぼしてしまった。
 慌てて中身を拾っていると、誰かに声をかけられた。
「大丈夫?」
 その誰かが、色鉛筆を素早く拾い上げ、瑞夏に手渡してくれた。
「――はい、これで全部?」
「あ、ありがとうございます……」
 それは絵の表彰式の時に見かけた彼女――鈴夏だった。
 鈴夏はあれっ、と何かに気づいたように言った。
「そういえば、コンクールの授賞式にいたよね。瑞夏ちゃん、だっけ?」
「えっ、どうして?」
 自分の名前を知っていることに、驚く。
「優秀賞の、松野瑞夏さん。学校は瀬奈中学。歌扇野の隣の隣の市。瑞夏ちゃんの絵は受賞者の中で一番のお気に入りだったから、よく覚えてる」
「……あ、あの」
「うん?」
 ふと、鈴夏が自分の鞄につけていたキーホルダーに目が行った。それは、ウドゥンという名前の喋る狐で、シラコーのマスコット的キャラだった。
「……もしかしてそのキーホルダー……」
 シラコーですか?、と聞こうとした声は出ない。
 その前に鈴夏が先に言う。
「ああ、これは『白百百高校凸凹カルテット』の。ああっ、まさか、シラコー好き仲間!?」
「……あ、ええと、はい、わたしもこの漫画が好きで……」