クローバーが君の夏を結ぶから

 そして、デートにしては重い内容の、あの会話のことも。
「松野は、自分自身に貼られたシールのことで悩んでいるようだった。
 彼女は欲しかった絵本を買った時のことに例えてた。
 裏表紙に大きなシールを貼られた、在庫処分のために値引かれたバーゲンブックの本。
 貼られたシールは綺麗に剥がれなくて、しかも無理やり剥がそうとすると本に傷を、つまり自分自身をも傷つけてしまうかもしれない。
 そんな、糊《のり》が強くてどうにもならないシールが、自分には貼られているんだって」
 これは、あのデートのあと、僕がシールの話にどうしても答えを見つけたくて、松野にさらにメールで聞いたときに、彼女から返ってきた補足のようなものだった。
「もしかしたら、鈴夏のことで、何かのシールが貼られてるのかもって。
 それを無理やり剥がそうとしてとった行動が、デパートであの八面ダイスを見せたことだったんだと思う。
 中に入っていた手紙を渡したあとに秘密を話そうとしたけど、何かのプレッシャーで言えなくて。失声症になったのも、その重圧が原因かもしれない」
「なるほどな……」
 孝慈は一期一句漏らすまいと聞き入っていた。
 普段なら茶化されるところだが、今の孝慈は真剣そのものだった。
「俺、マトイ書店の時のことを聞いて、それは松野がお前に告白しようとしたんじゃないかって思ってたけど、今は思い直してる。
 あいつはもっと大事な何かを伝えたかったんじゃないかって。
……加澤、どうか、松野のところへ行ってやってくれ」
 孝慈の携帯が震えた。孝慈はポケットから端末を取り出すと、画面を見ながら言う。
「ダメもとで松野に連絡はしたが、いちおうメールは返ってきた。けど、やっぱりか。気持ち的に祭りを楽しむのはもう難しいかもしれないから、謝らせてほしいと、そういう内容だった。無理もないか」
 孝慈の言葉に、僕は少しだけほっとした。
「家に、いるんだね」
 言いながら、履きなれたスニーカーの靴紐をしっかり結び直す。
「コージ。彼女の家を教えてくれないか。今から瀬奈市でもどこにでも行くから」 
「さいわいなことに、松野が住んでるのは歌扇野市内だよ。今年こっちに引っ越してきたばかりなんだと」
 立ち上がって孝慈を見ると、手をグーのかたちにしてこちらに向けていた。昨日の病院の時のように。
「――お前はもう、立ち上がれたか?」 
 答える代わりに、僕もこぶしを握る。
「あの後、必死に考えたんだ。鈴夏のことは、松野だけじゃない、僕の問題でもあるから。だから、未熟なりに、頑張って考えた。――鈴夏との『思い出』への、僕なりの解釈をね」
「そうか。なら、一秒でも早く行ってやれ。彼女のところへ」
「結人さん――、頑張ってください」
「ああ」
 僕は和歌子に力強く頷き返すと、腕を突き出し、孝慈とこぶしを合わせた。
 たとえ孝慈がどこかに嘘をついて、あるいは何かを隠していたとしても。
 あの時、病院の休憩室で、そしてたった今、僕を励ましてくれたその気持ちは、本物だって信じよう。