クローバーが君の夏を結ぶから

 孝慈は先に行った男子生徒の後ろ姿を見送りながら言う。
「あいつ、四月は松野のこと好きだったくせに、フラれたとたん、これだもんな」
 孝慈はどういうことか説明する。
 孝慈によると、なんでもあの男子は以前に松野に告白したことがあったが、断られたらしい。
 それから、拒まれたことでプライドを傷つけられたとでも感じたのか、松野のことを一方的に逆恨みし、侮蔑《ぶべつ》をこめて「座敷わらし」というあだ名で呼ぶようになったと。
 面白がって、彼の周囲の何人かが陰で松野をそう呼ぶようになったと。そして男子生徒は相坂さんにも、A組の松野をそう呼ぶよう間接的にほのめかしていたこと。
 男子達と同じB組で、彼らとも親しくしていた相坂さんは、それが嫌で、孝慈にそのことを相談していたと。
 そこで孝慈がひと肌脱いで、相談に乗るよと言って松野とメールを交換していた、と。
 事情はそういうことだった。
 話の後、相坂さんは思い出したように言う。
「おっと。あたし、そろそろ戻らないと。一応、うちのクラスの大事なメンバーだからね。ははは」
 そう言い残して、相坂さんは小道の奥へと走り去っていった。
 和歌子が慌てたようにつぶやく。
「結人さん、未来写真は――!?」
 はっとする。
 そうだ。松野が泣きながら走り去っていく未来写真。
 今の状況と似ている――。
 しかし、僕が未来写真を取り出すと、まだその写真はそのまま残っていた。
「…………」
 未来写真の不幸では無かったようだ。
 でも、安心なんてできない。げんに松野はいま、悲しんで去っていってしまった。
 孝慈は僕と和歌子のやり取りには気付かなかったようで、礼をして去っていく相坂さんに手を上げて応じていた。
 それから、
「加澤」小声で僕に言う。
「――最初に言ったろ。『俺は松野じゃない』って」
「それって……」
 どういうこと。そう言いかけて、やめる。聞くまでもない。それは初めてのグループワークの日、図書館で孝慈がしてきた『恋バナ』のことだった。
 孝慈はまっすぐな瞳で続けた。
「松野のところへ、行ってやれ」
「――僕、が?」
「お前以外に、誰がいるんだよ。
たぶんあいつ、家に帰って泣いてる。それは、ひどいことを言われたからじゃない。アイツがお前を好きかどうかはまだわかんねえけど、和歌子のことをきっかけに少しずつ心を開いていった。
 そんな心を開いた相手に、自分の嫌なところ見られたのが悔しくて、自分を責めて泣いてる」
 孝慈は僕に言う。
「俺も松野のことで、知らないことはたくさんある。例えばあのサイコロのことなんて、見当もつかん。鈴夏とどういう関係だったのもな」
「僕は……」
 鈴夏という共通の関係性が浮かび上がったいま、僕は孝慈に、松野とクレープ屋に行ったことを初めて話した。