クローバーが君の夏を結ぶから

 僕は軽く首を振る。
「あなたは、花園さんを殴った犯人ではありません。
 ですが、五十嵐さん、あなたはノビている花園さんを目撃したのではありませんか。
 あなたは『ある用事』があって、小屋に入りました。
 酔っぱらって眠っている花園さんが、中にいるとは知らずに。
……いいえ。正確には、頭に衝撃を受けた直後の花園さんです」
「なにを……?」
「花園さんは、小屋の入り口に恐ろしいものが立っていたのを目撃しています。
――それは何かと言うと、……『刃物を持った殺人鬼』です。それはそれは恐ろしい、見るものを震え上がらせるようなね」
 強調した言葉に、五十嵐さんの耳がピクリと動いて、顔がひきつっていくのが分かった。
 そんな五十嵐さんを見て、僕はひとつの確信とともに五十嵐さんに弁解する。
「安心してください。これは全て、花園さん側から見えたこと、主観です。
 花園さんには、なにかが見えたということは確かなんです。ただし、それを見た直後はかなりお酒に酔っていた」
「オレが見たものは、そういう恐ろしいもんじゃなかったってことか?」花園さんがのんびりと口を開いた。
 僕は続ける。
「花園さんが見ていたのは全て夢で、暴漢なんていないし、誰かに殴られたのも勘違いだった。そうも考えられはする。でも、真実は違うんです」
「…………」五十嵐さんは黙りこくっている。
「夢ではなく、――花園さんが、何かを見間違えたんだとしたら?」
 僕は五十嵐さんの持っていた絵を指差した。
 釣った魚を自慢そうに天にかかげる釣り人の絵。
「花園さんは、二つの意味で見間違えたんです。まず、この絵の中のことを、現実の人物がそこに立っていると勘違いした。そして、釣り人のことを恐ろしい殺人鬼だと勘違いした」
 絵を改めて観察する。
 絵の中の釣り人が掲げる、リアルに描かれた魚はまるで、鋭く尖った刃物のようで――。
 釣り人は、優しい表情で嬉しそうに笑っている。
 だが、笑顔とは、もともとは威嚇のためにあるという。
 その説が本当なら、釣り上げた魚、もとい刃物をかざした人間が、嬉々として笑う姿。
 アルコールで鈍った花園さんの頭には、絵の中の人物の表情はもはや、笑顔とは認識できなかったのではないだろうか――。
 ただ、恐ろしい殺人鬼というイメージだけが記憶に残った――。
「あの小屋は、粗末なつくりのものでした。曲がった釘が打ち込まれたままで、天井の梁もむき出しで……。
 五十嵐さん、あなたは毎年、梁の上に、あらかじめ自作の絵が入った額縁を隠しておくんですね。
 小屋から絵を持ち出して、そのまま近くの祭り会場に飾り付けるために。
例年なら脚立などで梁の上に設置して、飾り付ける時は、同じようにして絵を下ろすんだと思います。
 ですが、今年はハプニングが起きましたね。――額縁が梁から落ちて、眠っていた花園さんの頭に直撃したんです」