つまり、花園さんは酒に酔って寝ていた。
もし彼が酩酊して、包丁を持った殺人鬼のことを、夢と混同していたら、証言の信憑性がゼロになる。
「で、でもよぅ、おれ、そんなに酔っては……」
花園さんは消え入りそうな声で反論しようとするが、
「こいつ、醒めるの早くて有名だから。おおかた、飲んだときはべろんべろんだったが、もうアルコールは抜けてるんだろ」
花園さんの失態を見たスタッフ達がどうなるか、それは明白だった。
「残念だが、酩酊した人間の証言を信じるわけにはいかないな」
スタッフの一人が言ったのを皮切りに、
「花園は酔っぱらって夢でも見たんだよ」
「絵飾りもこいつの自作自演だったんじゃねぇの?」
「自分の絵が処分されかけて、そりゃ賛成派にまわるよな」
反対派や、賛成派のなかでも中立的だったスタッフ達が口々に言い出す。
「……どうなんだ?花園」とどめをさすように、五十嵐さんが花園さんに問いただした。
「ちが……オレ、絵なんて描けないのに――ぬぅっ!」
「どうした? 何か思い出したのか!?」
花園さんは深刻そうな顔をすると、脚をもじもじさせ、
「――ト、トイレーーー!」
壁を突き破らんばかりの勢いで小屋を飛び出ていった。我慢していただけだったようだ。
周囲からため息がばらばらに聞こえる。たった今、スタッフ達の花園さんの心証が最低になったに違いない。
花園さんは酔って夢を見ていた。あげく、絵の件についても犯人の疑いがかかって、自作自演を疑われる始末。
――でも。
ほんとうに、そうだったんだろうか?
花園さんが見ていたのは全て夢で、暴漢なんていないし、誰かに殴られたのも勘違いだった。
あるいは……。
松野が携帯の画面をそっと見せる。
『花園さん以外の誰も、不審者を目撃してはいないんだよね。お祭りは開場したばかりで、まだ一般の人も少なかったし、スタッフの人の中に、犯人がいるのかな』
「あいつだな」孝慈が五十嵐さんをちらりと見る。
「五十嵐さんが一番怪しい、と」和歌子がつぶやく。
皆も同じことを考えていたようだ。
そして花園さんは、殴られたと証言している。刃物を持った男に襲われた、と言っていたにも関わらず、だ。
「いったい、どういうことなんだ?」
「花園さんの自作自演の線もたしかにあるし、そうスタッフ達は決めつけたけど――、」
――だいたい、花園さんはどうして、写真の中で閉じ込められていた?
「……未来写真の件は、どういうことなんだ」
「だよなぁ」
まだ午前中だ。未来写真での事件発生まで時間がある。
和歌子がおや、と何かに気づいて言う。
「なんだか、この小屋、ちょっと何かのニオイが鼻につくような気がして。古いもののニオイ、と言いますか……」
和歌子がそう言うが、よくわからない。
「そうかな? 花園さんが吹き掛けた消臭スプレーじゃなくて?」
「いえ、それに混じって、かすかに別のものが……。旧校舎の体育館横の倉庫も、こんな匂いでした」
「なにそれ」
僕は歩き回って、注意深く小屋の香りをたどる。
そして、気づいた。
「……血のにおい?」
僕は五十嵐さんにそっと近づき、彼の着ている作業着をじっと観察する。
五十嵐さんの作業着の腕には、なにかに擦り付けたような茶色いシミがアザのように伸びていた。
「なんだ、ボウズ」
「……いえ」
五十嵐さんに睨まれるころにはもう、その痕跡を発見していた。
もし彼が酩酊して、包丁を持った殺人鬼のことを、夢と混同していたら、証言の信憑性がゼロになる。
「で、でもよぅ、おれ、そんなに酔っては……」
花園さんは消え入りそうな声で反論しようとするが、
「こいつ、醒めるの早くて有名だから。おおかた、飲んだときはべろんべろんだったが、もうアルコールは抜けてるんだろ」
花園さんの失態を見たスタッフ達がどうなるか、それは明白だった。
「残念だが、酩酊した人間の証言を信じるわけにはいかないな」
スタッフの一人が言ったのを皮切りに、
「花園は酔っぱらって夢でも見たんだよ」
「絵飾りもこいつの自作自演だったんじゃねぇの?」
「自分の絵が処分されかけて、そりゃ賛成派にまわるよな」
反対派や、賛成派のなかでも中立的だったスタッフ達が口々に言い出す。
「……どうなんだ?花園」とどめをさすように、五十嵐さんが花園さんに問いただした。
「ちが……オレ、絵なんて描けないのに――ぬぅっ!」
「どうした? 何か思い出したのか!?」
花園さんは深刻そうな顔をすると、脚をもじもじさせ、
「――ト、トイレーーー!」
壁を突き破らんばかりの勢いで小屋を飛び出ていった。我慢していただけだったようだ。
周囲からため息がばらばらに聞こえる。たった今、スタッフ達の花園さんの心証が最低になったに違いない。
花園さんは酔って夢を見ていた。あげく、絵の件についても犯人の疑いがかかって、自作自演を疑われる始末。
――でも。
ほんとうに、そうだったんだろうか?
花園さんが見ていたのは全て夢で、暴漢なんていないし、誰かに殴られたのも勘違いだった。
あるいは……。
松野が携帯の画面をそっと見せる。
『花園さん以外の誰も、不審者を目撃してはいないんだよね。お祭りは開場したばかりで、まだ一般の人も少なかったし、スタッフの人の中に、犯人がいるのかな』
「あいつだな」孝慈が五十嵐さんをちらりと見る。
「五十嵐さんが一番怪しい、と」和歌子がつぶやく。
皆も同じことを考えていたようだ。
そして花園さんは、殴られたと証言している。刃物を持った男に襲われた、と言っていたにも関わらず、だ。
「いったい、どういうことなんだ?」
「花園さんの自作自演の線もたしかにあるし、そうスタッフ達は決めつけたけど――、」
――だいたい、花園さんはどうして、写真の中で閉じ込められていた?
「……未来写真の件は、どういうことなんだ」
「だよなぁ」
まだ午前中だ。未来写真での事件発生まで時間がある。
和歌子がおや、と何かに気づいて言う。
「なんだか、この小屋、ちょっと何かのニオイが鼻につくような気がして。古いもののニオイ、と言いますか……」
和歌子がそう言うが、よくわからない。
「そうかな? 花園さんが吹き掛けた消臭スプレーじゃなくて?」
「いえ、それに混じって、かすかに別のものが……。旧校舎の体育館横の倉庫も、こんな匂いでした」
「なにそれ」
僕は歩き回って、注意深く小屋の香りをたどる。
そして、気づいた。
「……血のにおい?」
僕は五十嵐さんにそっと近づき、彼の着ている作業着をじっと観察する。
五十嵐さんの作業着の腕には、なにかに擦り付けたような茶色いシミがアザのように伸びていた。
「なんだ、ボウズ」
「……いえ」
五十嵐さんに睨まれるころにはもう、その痕跡を発見していた。


