孝慈は声のトーンを落として言った。
「中一の時だった。あのときは俺、歌扇野まで直接告白しに行ったっけ。
 俺が告白した時、鈴夏はこんなことを言って断ったんだ。
 自分は本当は施設で育った暗い過去のある間、だから今あなたが好きになってくれたこの姿は、偽りのものなんだ、って。彼女が施設にいたことは、その時言われるまで知らなかった」
 鈴夏が、そんなことを――。僕はなんとか言葉を紡ぐ。
「そうだったんだね……それが本当なら、僕、鈴夏に何も教えてもらえなかったんだ」
「……それは、加澤のためだったのかもな」
「僕の? どうして?」
「お前ってなんだか、他人のことを、自分のことみたいに背負い込んじゃうようなトコあるから。
 鈴夏もお前の性格を分かってて、あえて教えなかったんだろう。自分とよく似たお前の性格をな」
「……かもね」僕は初めて知ることに驚きつつ、少し悔しくもあった。
 それから孝慈は僕を見て続ける。
「加澤ってもしかして、鈴夏のことは自分が死なせたんじゃないかって考えてる? 今でもずっと」
「……正直に言うと、そうなんだ」
 僕はいつのまにかアイスをかじり終えていた。
 孝慈の言葉から逃れるように、食べ終えた後のプラスチックのバーをぼんやりと見つめてもいた。
 機械的に席を立つと、バーをゴミ箱に捨て、再び座る。
 コージもアイスをかじり終えると席を立ち、プラスチックの棒をゴミ箱に放った。だが、孝慈はそのまま座らずに、僕の胸の前に拳を突きだして言った。
「――加澤がそんなことでどうするんだ?」
「……僕が? どういうこと」
「お前、松野のこと心配か?」
「……もちろん心配だよ」
「ほう、じゃあさ、なんで心配なの?」
「……まだ松野の事情は分からないけど、鈴夏のことで、ずっと人知れず重圧抱えてたんだと思うと――」
「そうだよな」
 孝慈は僕の言葉を遮ると、胸元にコツンと拳を当てる。
「松野が縛られてんは鈴夏のことだな。――誰かさんと同じく」
「……ああ、そうだよ」
 孝慈の言葉に、弱々しく答えた。
「僕はまだ、松野にかける言葉が見つからないんだ。コージが言った通り、鈴夏との『思い出』をどう考えて生きてくか、その答えが出ないから――」
 その瞬間、視界が揺れ、鼓膜が震えた。
「――甘ったれんじゃねぇよ!」
 孝慈の声。思わず目を閉じ、一瞬ののち、ゆっくりと目を開く。
 孝慈はその拳で、僕のシャツをわしづかみにして叫んだのだ。
「――コージ?」
「鈴夏のこと、自分なりの答えも出せないやつが、松野のこと気にかける資格あんの?
 鈴夏がいなくなっちまった今、同じ思い出に縛られてるお前だけが松野の心をほどける。
 なのに、答えが分かりませんってか? お前の松野への気持ちは、そんなもんなの?」
 突然の強い言葉に戸惑う。孝慈はシャツを掴む手を離して続ける。
「まずはお前が立ち上がれ」
「…………!」
「立ち上がって、過去から今に来てみせろ。松野のことはそれからだ」
 その言葉は、僕の心に力強く響いた。
「――過去から今に、か……」
 噛みしめるようにつぶやくと、心の中で何かが弾けた、気がした。