孝慈が調べていた、歌高に伝わる、手順を踏めば何らかの願いがかなうおまじない。
 名前からして、和歌子と何か関係ありそうではある。
 孝慈は首を振る。
「何も分かんなかったよ。和歌子こそ、心当たりはないのか」
「ええ。わたしも何も分からなくて……」
 二人が帰ってから、僕は孝慈に呼び出されていた。
 病院の一階の休憩室には、飲み物やアイス、スナック菓子の自販機が置かれていた。
 僕はアイスの自販機の前に立って、小銭を入れてボタンを押す。
 孝慈が選んだのはチョコミントだった。
「何選んだ?」
「僕はチョコ&バニラ……あっ」
 何とはなしにボタンを押して気づく。これは松野とクレープ屋に行った時、彼女が選んだのと同じだった。アイスとクレープの違いこそあれ、同じ名前のフレーバー。
 無意識に選んでいたことに気づいて、急に顔が熱くなる。
「どうした?」
「いいや、なんでもない」
 慌ててうつむき、顔に付いたごみを払うふりをする。
 孝慈はアイスの封を開けると、円柱状のチョコミントを見つめながら、
「どーでも良いんだけどさ」
と、ぼやいてから続ける。
「俺、星野鈴夏のこと知ってるんだよね」
「え」それは、小さな爆弾発言だった。
――孝慈が鈴夏を知っている?
 孝慈は無意識に身を乗り出した僕を気にせずに続ける。
「彼女、本当の親がいなくて、幼い頃は施設で育ったんだってさ」
 突然出てきたそれらの言葉に、頭が追いつかない。施設。親がいない。単語が徐々に繋がる。鈴夏が?
 そして、そうだ。なぜ孝慈がそれを知っている? 孝慈は僕の反応を待たずに続ける。
「俺は歌扇野とは隣の隣の、瀬奈市に住んでて、歌扇野にはいつも電車で通ってるんだ。
 小学生のとき、俺は鈴夏と同じ学区で、仲が良かったのさ。
 で、アイツは小五の時に遠縁の親戚に引きとられて施設を出て、そっち――歌扇野市に来たらしい。
 俺とアイツとは離れてからもやり取りが続いて、たまに遊んだりしてた。そういうちょっと特殊な幼なじみだったんだよね、俺たち」
 小学校の時から。幼なじみ。彼の言葉を頭の中で復唱する。
「だから松野が鈴夏の名前を出したとき、それから手紙を覗いたとき、すげぇ驚いたよ。昔、鈴夏が好きな人がいるって言ってたけど、それがお前だったなんて」
「…………」
 言葉を切った孝慈。しばらく沈黙が続いた後、僕は言う。
「……孝慈、どうしてお前は知ってるんだ? 鈴夏に、そういう家庭の事情があることを」
「加澤は知らなかったみたいだな」
「ああ」僕は彼女の家庭のことを、何も知らない。孝慈が言ってるのは、ほんとうの話なのか?
「俺、鈴夏から直接言われたんだった」
「……というのは?」
「俺、鈴夏のこと、好きだったんだよね」
「え」
「フラれちゃったけどさ。生い立ちの話はその時に彼女から教えてもらった」