*
デパートの屋上は静まり返っていた。
「…………」
松野は無言で通学鞄の中を探ると、その中から何かを取り出した。
僕の視線は釘付けになる。
彼女が両手で包み込むように持つそのオブジェを見て、
「松野……どうして……」
僕は言葉を失った。
五百ミリ入りの牛乳パックほどの大きさの、角ばった物体。
僕は、その物体が何かを理解するのにしばらく時間を要した。これは、自分のよく知っているもの。記憶の中の思い出の品。それなのに、記憶の中ではノイズと砂嵐が邪魔をしていた。
やがて、といっても数秒間のことだった。砂塵が晴れ、その正体を初めて理解する。
――八面ダイス。
それは、僕が中学時代、あの美術の授業後に完成させた、正八面体の小物入れだった。
その一つの面、僕に向けられた面に描かれているのは、『白百百高校凸凹カルテット』の漫画風のイラスト。作中のボランティア部のメンバーの一人である男の子風にした、僕の似顔絵。
色鉛筆で塗られたそれは紛れもなく、中学時代に陸上の大会で死んでしまった女の子、星野鈴夏が描いた絵だ。
……どうして? なぜ、松野が、鈴夏のサイコロを持っている?
「松野っ、これ……」
おぼろげな頭で問い詰めても、
「…………」
松野は無言でいた。だが、やがて――すうっと息を吸い込み、静かにつぶやいた。
「……私は加澤くんに手紙を渡せなかった」
「――何を言って?」松野の言う意味がわからない。
「……マトイ書店の時もクレープ屋さんの時も……言うべきか迷っていた。
だから今、私が鞄の中にいつもこのサイコロを入れてるっていう……その事実に任せてしまった。
……とても大事なことだったから、絶対に自分の声で言おうと思ってたのに。どうしても……無理だった。やっぱダメだね、私」
「クレープ屋?」孝慈は視線を松野と僕、そして鈴夏のサイコロとの間にさまよわせた。
「……後で説明する」松野は答えた。
「今はただ、加澤くんに読んでほしい……この、……ケホッ……手紙を――星野鈴夏からの手紙を」
……手紙。鈴夏。最後にかすれた声でそう言い切った。
「どうして、松野が……その名前を、このサイコロを……?」
僕が聞いても、松野は既にうつむいて首を振るだけだった。そして無言のまま、持っていたサイコロをそっと手渡してきた。
「――この中に、鈴夏の手紙が?」
こくりとうなずくのを待たず、僕は八面ダイスの蓋を開いた。
赤い布が貼られた小物入れ。
その中には、一枚の紙片。
取り出そうとして手を伝う、はらりという感触。
二つ折りにして入れてあった手紙を開いて飛び込んできたのは、星野鈴夏の書いた字だった。
デパートの屋上は静まり返っていた。
「…………」
松野は無言で通学鞄の中を探ると、その中から何かを取り出した。
僕の視線は釘付けになる。
彼女が両手で包み込むように持つそのオブジェを見て、
「松野……どうして……」
僕は言葉を失った。
五百ミリ入りの牛乳パックほどの大きさの、角ばった物体。
僕は、その物体が何かを理解するのにしばらく時間を要した。これは、自分のよく知っているもの。記憶の中の思い出の品。それなのに、記憶の中ではノイズと砂嵐が邪魔をしていた。
やがて、といっても数秒間のことだった。砂塵が晴れ、その正体を初めて理解する。
――八面ダイス。
それは、僕が中学時代、あの美術の授業後に完成させた、正八面体の小物入れだった。
その一つの面、僕に向けられた面に描かれているのは、『白百百高校凸凹カルテット』の漫画風のイラスト。作中のボランティア部のメンバーの一人である男の子風にした、僕の似顔絵。
色鉛筆で塗られたそれは紛れもなく、中学時代に陸上の大会で死んでしまった女の子、星野鈴夏が描いた絵だ。
……どうして? なぜ、松野が、鈴夏のサイコロを持っている?
「松野っ、これ……」
おぼろげな頭で問い詰めても、
「…………」
松野は無言でいた。だが、やがて――すうっと息を吸い込み、静かにつぶやいた。
「……私は加澤くんに手紙を渡せなかった」
「――何を言って?」松野の言う意味がわからない。
「……マトイ書店の時もクレープ屋さんの時も……言うべきか迷っていた。
だから今、私が鞄の中にいつもこのサイコロを入れてるっていう……その事実に任せてしまった。
……とても大事なことだったから、絶対に自分の声で言おうと思ってたのに。どうしても……無理だった。やっぱダメだね、私」
「クレープ屋?」孝慈は視線を松野と僕、そして鈴夏のサイコロとの間にさまよわせた。
「……後で説明する」松野は答えた。
「今はただ、加澤くんに読んでほしい……この、……ケホッ……手紙を――星野鈴夏からの手紙を」
……手紙。鈴夏。最後にかすれた声でそう言い切った。
「どうして、松野が……その名前を、このサイコロを……?」
僕が聞いても、松野は既にうつむいて首を振るだけだった。そして無言のまま、持っていたサイコロをそっと手渡してきた。
「――この中に、鈴夏の手紙が?」
こくりとうなずくのを待たず、僕は八面ダイスの蓋を開いた。
赤い布が貼られた小物入れ。
その中には、一枚の紙片。
取り出そうとして手を伝う、はらりという感触。
二つ折りにして入れてあった手紙を開いて飛び込んできたのは、星野鈴夏の書いた字だった。