結局、見栄ははらず、素直に思ったことを言った。
「例えば君が、読書を通じて教訓を得たいと言うのなら、小説以外に、もっと実用的な本はいくらでもある。でも僕自身も、それが分かっていて、物語を好んで読んでいる。……たぶん、自分自身の足りないものを埋めるためにね」
「なるほど……?」
「知識や教訓を得るなら、もっと適したジャンルの本があるかもしれない。だけど僕は、自分の中にある、心の隙間みたいなものを埋めたいんだ。喜怒哀楽、どんな気持ちにさせられる物語でも粉砂糖をまぶすみたいに、僕の心に活字は優しく溶け込んでいく。そういう作用を得たいなら、小説の方が格段に優れてる。ま、ようは僕は重度の活字中毒で、これはその言い訳みたいなものだけど。僕の言ってること、わかるかな?」
「……うーん」
 彼女は僕の言った言葉のいくつかを反すうしたり、つまりつまり?、と整理するように独りつぶやいたりしていた。最終的に、諦めたようにため息をついた。
「……むむむ。んん。……はぁ。君の言うこと、たぶん言葉を尽くして説明されても分かんない。でも、ありがとう。今言ってくれたことは、後でひとりでじっくり考えてみるかもしれない」
「はいはい。それは何よりだ」
 僕は正直、結夏が僕の言うことがわからない、と首をかしげたことに安堵していた。さっきの彼女の質問は、僕の中にある暗い部分に迫ってえぐり出して来るようで。ナイフの背で不意に胸を小突かれたような鈍い痛みを感じた。
 僕にとっての読書とは、結局、この胸の内に抱えたものから目を背けるための「逃げ」でしかないのだと。僕はそのことをオブラートに包んで言ったに過ぎないのだから。
 僕の素っ気ない返答を聞いて、彼女は一瞬静かになったが、すぐに「おっ」と思いついたように言った。
「そういえばさ、君は、恋愛小説みたいなのは読むの?」
 恋愛もの、か。彼女の質問は、僕が恋愛に興味があるかという問いでもあるのだろう。
 僕はやはり素直に答える。
「まぁ、(たしな)む程度には」
「うっわ、意外!」
 やっぱりか。
 どうやら僕は彼女から見て、たとえ一冊だって、そういう色恋沙汰について書かれた本を読むような人間だとは思われていないらしい。
「僕は堅物でつまらなさそうな人間ってことか」
「だーかーらー、そういうんじゃないよ。何で君はそうやってすぐ、ありもしない言葉の裏を読もうとするかな」