山本さんが語った、存在感の薄さの話。僕が目の当たりにした突然の消失と、山本さん自身の忘却。電車の隣の空席と、噛み合わなかった話。
それは、僕がずっと思っていた、信じられないけど、そうとしか思えない事実だった。それが、いまこうして、結夏自身の口から語られていた。
僕は、言葉を探したけれど、何も出てこなかった。
「私ね、他の人の記憶には残らないみたいなの。どんなに一緒に過ごしても、気づけば、皆、すぐに私のことを忘れていくの」
心臓の音だけが、やけにうるさく聞こえた。
「前から、教室で私と話してた子ははっすー以外にもけっこういたんだけど、覚えてる?」
僕は小さな声をしぼりだして答えるしかなくて。
「うん……。僕、周りになにも興味ないふりして本読んでたけどさ。ほんとうは覚えてるんだ。髪の長い子すらっとした子と、運動部っぽい子だよね」
「うん、さきちゃんと、まどかのことね。はは、興味ないふりしておぼえてる。ずるいな、橋場くんは。……でも、だからこそ、君だったのかも」
それまではっきりしていた結夏の声が、かげろうのように不確かに震えた。
「……そして、はっすーも、私のこと、“知らない”って言ったよ」
視線をそらして、屋上のフェンス越しに空を見上げる結夏。
夕暮れの光が彼女の横顔を淡く照らして、どこか切なかった。
「こうして、だんだん皆の中から消えていくんだよ。私の名前も、声も、過ごした記憶も、少しずつ、剥がれていくみたいに」
「そんな……、じゃあ、山本さんは……」
風がひとつ、僕たちの間をすり抜けていった。
「……はっすーのこと、本当に嬉しかった。“親友”って言ってくれて、一緒に笑って、お弁当を食べて、話して……当たり前のことを、当たり前みたいにできた時間だった。
――ほんの少しだけ、期待しちゃったんだよ。
“忘れない人”もいるかもしれないって」
彼女は静かに笑ったけれど、唇の端は震えていた。
その笑みの奥に、隠しきれない痛みがにじんでいた。
「でも違った。やっぱり……皆、忘れちゃうんだ。何もなかったみたいに」
その言葉は、まるでひとつひとつ、氷の塊のように胸の中に落ちてきた。
「私が安心しちゃったのが、間違いだったのかな。“特別になれるかも”って思っちゃったことが、傲慢だったのかも」
「でも、僕は……」
僕だって、いつか忘れてしまうのかもしれない。
そんな不安が、喉の奥に引っかかる。
「わからない。でも、橋場くんだけは、最初から私を“知ってる目”で見てくれた。他の誰とも違った。だから、怖かった。もし君まで忘れてしまったら、私は本当に、消えてしまう気がして――ずっと、言えなかった」
そのとき、結夏の目に涙が浮かんだ。
光を反射してきらきらと揺れているのに、それはこぼれることなく、まつげの先で留まっていた。
それでも彼女は笑おうとした。
言葉を選ぶように、静かに語る。
それは、僕がずっと思っていた、信じられないけど、そうとしか思えない事実だった。それが、いまこうして、結夏自身の口から語られていた。
僕は、言葉を探したけれど、何も出てこなかった。
「私ね、他の人の記憶には残らないみたいなの。どんなに一緒に過ごしても、気づけば、皆、すぐに私のことを忘れていくの」
心臓の音だけが、やけにうるさく聞こえた。
「前から、教室で私と話してた子ははっすー以外にもけっこういたんだけど、覚えてる?」
僕は小さな声をしぼりだして答えるしかなくて。
「うん……。僕、周りになにも興味ないふりして本読んでたけどさ。ほんとうは覚えてるんだ。髪の長い子すらっとした子と、運動部っぽい子だよね」
「うん、さきちゃんと、まどかのことね。はは、興味ないふりしておぼえてる。ずるいな、橋場くんは。……でも、だからこそ、君だったのかも」
それまではっきりしていた結夏の声が、かげろうのように不確かに震えた。
「……そして、はっすーも、私のこと、“知らない”って言ったよ」
視線をそらして、屋上のフェンス越しに空を見上げる結夏。
夕暮れの光が彼女の横顔を淡く照らして、どこか切なかった。
「こうして、だんだん皆の中から消えていくんだよ。私の名前も、声も、過ごした記憶も、少しずつ、剥がれていくみたいに」
「そんな……、じゃあ、山本さんは……」
風がひとつ、僕たちの間をすり抜けていった。
「……はっすーのこと、本当に嬉しかった。“親友”って言ってくれて、一緒に笑って、お弁当を食べて、話して……当たり前のことを、当たり前みたいにできた時間だった。
――ほんの少しだけ、期待しちゃったんだよ。
“忘れない人”もいるかもしれないって」
彼女は静かに笑ったけれど、唇の端は震えていた。
その笑みの奥に、隠しきれない痛みがにじんでいた。
「でも違った。やっぱり……皆、忘れちゃうんだ。何もなかったみたいに」
その言葉は、まるでひとつひとつ、氷の塊のように胸の中に落ちてきた。
「私が安心しちゃったのが、間違いだったのかな。“特別になれるかも”って思っちゃったことが、傲慢だったのかも」
「でも、僕は……」
僕だって、いつか忘れてしまうのかもしれない。
そんな不安が、喉の奥に引っかかる。
「わからない。でも、橋場くんだけは、最初から私を“知ってる目”で見てくれた。他の誰とも違った。だから、怖かった。もし君まで忘れてしまったら、私は本当に、消えてしまう気がして――ずっと、言えなかった」
そのとき、結夏の目に涙が浮かんだ。
光を反射してきらきらと揺れているのに、それはこぼれることなく、まつげの先で留まっていた。
それでも彼女は笑おうとした。
言葉を選ぶように、静かに語る。


