夏の箱庭、まだ見ぬ花火に君を描いた

 6限が終わるチャイムが鳴った瞬間、僕は誰よりも早く、音を立てて椅子を引いた。
 あの後、ふたたびどこかに消えてしまった結夏。
 でも、置き去りにされたように――
 一枚の白い紙が、ひらりと机に乗っていた。
 ルーズリーフの切れ端。
 筆圧の浅い字で、こう書いてあった。
 『放課後、屋上。』
 紙を取る指が、わずかに震えた。
 僕はそれを折りたたんで、胸ポケットにそっとしまう。
 ――やっぱり、君は今日、ここにいたんだ。
 その確信が、むしろ不安を呼んだ。本当に君は“いた”のか?
 それとも、僕だけが見ている幻だったんじゃないか?

 放課後の校舎は、静けさにつつまれていた。遠くで聞こえる運動部の声やボールの跳ねる音が、どこか虚しく反響していた。
 人の気配が少なくなった廊下。上履きの足音が、やけに大きく響く。
 階段を上り、屋上の鉄扉を押すと、生ぬるい風が顔をなでた。
 空は茜色に染まり、遠くの街並みが、にじむように沈んでいく。
 光と影の境界が、どこか曖昧だった。
 僕は柵の前まで歩き、振り返る。
 ……誰もいない。
 やっぱり――。
「お待たせ」
 待ち焦がれたその声に振り向いた先。
 いつの間にか、そこに彼女は立っていた。
 まるで、風に乗って現れたみたいに。
 だけど、そこにずっといたみたいに。
 白いブラウスがふわりと風に揺れて、その肩に落ちた影が、なぜか薄く見えた。
「……ほんとに、来たんだね」
 口にして、自分がどれだけ彼女の言葉を信じたかったかに気づく。意図せず少し嫌な言い方になっていたことに気づいて、胸の奥が、じんとした。
「来るって、言ったじゃん」
「……言った、かな」
「うん。メモ、ちゃんと見てくれたんだね」
 いつもの調子で微笑んだ結夏。
 でも、その目元の笑みはどこか寂しげだった。
「……ねぇ、橋場くん」
 いつになく真剣な結夏は、何かをたしかめるように僕の名を呼んで続ける。
「もしも」
 それから彼女が打ち明けた仮定は、どんな物語よりも儚く、残酷な告白だった。
「……もしも、この世界に、誰の記憶にも残らずに、そのまま忘れ去られる人間がいるって言われたら――君は信じる?」