夏の箱庭、まだ見ぬ花火に君を描いた

 それからの午後の授業も、僕は教科書とノートをぼんやりとめくっていた。
 ――左隣の、空席。
 あの後、いつの間にか授業が始まっていて、僕は自分の席に座っていた。
 まるで、僕があのあと結夏と言葉を交わすのを世界が拒絶したような、そんな不自然な抜け落ちだった。
 弁当は手をつけないまま時間だけが過ぎたけど、不思議と空腹は感じなかった。
 授業にも集中できず、ただ座っていることしかできなかった。
 ただ、ここに留まっていたのは、このざわつく気持ちを落ち着けるためだった。
 山本さんの口から出た「水野って誰?」という一言が、ずっと頭の中に引っかかっている。
 冗談を言っていた、あるいは何かを演じていたとは思えない。だからこそ、怖い。
 僕は、今までの結夏の姿を反芻(はんすう)するように思い返していた。あれは夢じゃない。……はずだ。
 「よーし、じゃあ……ここの英文読んでもらおうかね。誰か、最近読んでない人に――おや」
 ふと、英語の先生の視線が、結夏のいた席に吸い寄せられるように向けられていることに気づいた。
 僕は救いを求めるように先生の視線の先を追いかけた。
 だけど。
 「……? ああ、ここは……最初から空席だったな」
 そう言い直した先生の声が、なぜか遠くで響いているように感じた。
 「よし、じゃあその隣の――橋場!」
 「……はい」
 僕は力なく立ち上がって英文を読み上げた。
 自分の音読がどれくらい正確だったか、そもそもページは合ってたんだろうか。そんなことはもう覚えていない。
 結局、結夏は最後の授業が終わっても姿を見せなかった。