夏の箱庭、まだ見ぬ花火に君を描いた

「……今日、水野さん、ほんとうに来てないの?」
教室に戻った僕は、山本さんに同じことをたずねた。
「とつぜん居なくなっちゃうから、びっくりだよね」
「いなくなった? その、また水野さんがとつぜん消えたの……?」
だけど、息が乱れた僕とは反対に、山本さんは落ち着いた様子ではぁ?と首をかしげた。
「……はっしーは、いったい何の話をしてるの? 授業も受けずに、はっしーが急に教室飛び出してどっか行っちゃうんだもん」
話が噛み合っていない。
「何の話って……水野結夏だよ。君の……親友の」
一瞬、教室の空気が止まったような錯覚。
山本さんの眉が、ほんのわずかに寄る。
「……だから、さっきから言ってるその、みずの……ゆいか?って、――誰?」
僕の心臓が、ひときわ大きく鼓動した。
息を呑む音が、教室のざわめきの中でやけに大きく響いた気がした。
そんなはずがない。
昨日まで一緒に笑って話してたじゃないか。
毎朝、君たちは一緒に騒いでて、――それを覚えていないなんて、そんなわけが。
君にとって、水野結夏とは、出会ったばかりだけど気の合う、どこか放っておけない、君が気にかけてる、親友、なんだろ――?
「……水野って、ほら、ショートカットで、少し声が大きくて……」
言いながら、自分の言葉が虚空に向かっていくような感覚があった。
そのときだった。
ドアのほうに、何かの気配を感じてそちらを見る。
戸口の影――そこに、結夏が立っていた。
ショートヘアーの髪が揺れている。目が合った。
彼女の顔には、どうしようもなく、やるせなさがにじんでいた。
見下ろすようでも、見つめるようでもない視線が、まるで遠くの何かを見ているようだった。
「水野って人なんて、うちのクラスにいたかな。
ていうか、そういえば――私、なんではっしーと仲良くなったんだっけ?」
山本さんはぽかんとした顔で首をかしげている。
「たしか、なんかの拍子に……あれ?  あれ、変だな、なんでだっけ?」
山本さんの声が聞こえてくる。
でも、その言葉はもう耳に入ってこなかった。
僕は結夏から目を逸らせずに、言ってしまった。
気まずさから逃れるように、まるで自分の保身みたいに。
「……今の、聞いてた?」
 結夏は、ゆっくりと目を伏せた。
そして――
なにも言わず、ただ、小さく笑った。
その笑顔は、どこまでもやさしくて、
でも、どこまでも、かなしかった。