夏の箱庭、まだ見ぬ花火に君を描いた

 「話戻すけど、橋場くんは花火好きじゃないの?」
 「まぁ、僕の家からも見えるから。けっこう好きだよ、花火」
 「ふーん、じゃあ人混みは?」
 「苦手。近づくのも嫌だ」
 「だめじゃん! せっかくだし会場に足を運んでいい席で見なきゃ、スターマインは」
 「スターマインはわからないけど、そういえば、ナイアガラはたしかに現地じゃないと見れないな」
 「ナイアガラ? なんか聞いたことある! 滝の名前だっけ?」
 「うん、川の上に降り注ぐ花火。僕は昔みてもあまりピンとこなかったけど、珍しいと思う」
 「そんなのあるんだ! 見てみたいなぁ」
 「見れたらいいね」
 「言っとくけど、君も連れてくつもりだからね。文庫本すくいに、ハードカバー射的、オリジナルブックカバー屋さんに、1等賞が小説1年分の怪しいくじとか。橋場くんが好きそうな屋台、あると良いんだけど」
 「あるわけないし、君は僕をなんだと思ってるのさ」
 「本の虫で、とくに小説愛が異常な、私の変わった友達。あ、これ褒め言葉ね」
 「君、ブーメランって知ってる?」
 「それにしても花火大会、かぁ……8月、夏が終わる前の開催なんだね」
 「無視かよ」
 「本の虫だけに無視ってかぁ? ふふ、うまいねぇ」
 「そういう寒さは求めてないよ」
 それから結夏はめずらしくうつむいてか細くつぶやいた。
 「……あのさ、私の名前の由来の話って、覚えてる?」
 「急にどうしたの? 暦の上では夏のはじまりの日」
 「うん。つまり6月1日生まれだから、夏を結ぶ私にぴったりだって言ったんだ。でもね」
 そこまで言ってから、結夏の声が震えた。
 「――ほんとうは、私の名前って、夏を結ぶだなんて……それって、『夏の終わりの名前』なんじゃないかってずっと思ってる」
 ふざけてるようじゃなかった。
 でも、夏の終わりだからと言って、何がいけないんだろう。
 「僕、水野さんの名前、好きだよ」
 だけど結夏は弱々しくうつむいたままだった。的外れなことを言ってしまったかな。言った自分もなぜだか少しさびしかった。
 「……水野さんは自分の名前が、好き?」
 気まずさをごまかすために言った質問に、結夏は貼り付けたような笑顔で答えを返した。
 「これが私の名前だし。私は水野結夏でしかないもの。でも、自分の名前が好きって言ったのは……。ごめんね、嘘、ついたかも。橋場くんは、私は自分に自信があるんだねって言ってくれたけど、そういうふうに見られたいってだけなのかもね」
 そういうふうに見られたい、とは、どういうことだろう。
 僕が何も言えずにいると、
 「また明日ね」
 結夏はいつのまにかこちらに背中を向けていた。
 僕はただ彼女が手を振るのを眺めていた。
 そして、大崎くんの言うことがほんとうなら――、あの道の先に、結夏の家はない。