夏の箱庭、まだ見ぬ花火に君を描いた

 「でも、楽しかったんだね?」
 「……まぁね」
 「やぁっぱり! ふふ、それくらいはわかるよ、きみの顔で」
 「顔? 僕の顔に『楽しかった』ってペンか何かで書いてあったの?」
 「ある意味ね。橋場くん、ホッケーしてたとき笑ってたからさ。ほんとに楽しそうだったよ。あ、今も少し」
「……え、そうなの?」
 僕は思わずくちもとに手を当てた。
 「ぷっ、あはは、なにそれ! 自分のことだよ!」
 結夏が両手でお腹をおさえて涙が出るくらい笑っていた。
 彼女の今の笑顔を100とすると、エアホッケーで遊んでたときの僕は5くらいかもしれない。あのとき笑っていたことに、自分では気づいていなかった。
 「……けど。うん、そうだったね。“楽しかった”よ」
 「ちょっと、どした! 熱でもある? またジュース飲む!? って、さっき私ほとんど飲んじゃった!」
 「ないよ。飲み物ももういいって」
 「ほら、また笑ってる!」
 帰り道を歩いていると、結夏がふと錆びた廃バス停の前で立ち止まった。熱風がふわりと立ち上がる、古い木の匂いのするバス停には、昨日まではなかったポスターが貼ってある。
 それは、8月に近くで行われる花火大会のポスターだった。
 「……行きたいなぁ」
 「行けば良いんじゃない? いちおう、うちの市の名物花火大会だよ」
 「他人ごとみたいに言うね」
 「だって、行くつもりないし」
 「ありえない」
 「なんで」
 「べっつに」
 結夏が頬を膨らませていたので、空気袋を両側からつまんでやろうかと思ったけど、その前に「ぷっはぁ!」と苦しそうに呼気を開放した。
 「息するの忘れてた!」
 「それでよく十六年生きてこれたよね。でも、僕をブックスタンドで脅せると思ったり、カーテンの中のほこり思いっきり吸い込んでむせてた人だと思うと納得かも」
 「ははは、それはそれは、ずいぶんとドジで可愛い子がいたもんだね」
 「君のことだよ」
 「ほう? 私が可愛いってこと?」
 「あ……えっと、今のは」
 「うふふ、引っかかってやんのー!」
 「……ちょっとした事故だよ。そう。不注意。脇見運転」
 「私を見ててってこと? きゃーっ」
 「……そろそろやめよ、このノリ」
 何を言ってもお互い気恥ずかしくなって、僕の方からいさぎよく降参した。勝ち目のない戦いには最初から挑まぬが吉というものだ。
 「ちなみに、もうすぐ十七歳だよ」
 「6月1日か」
 「そそっ」
 今度は上機嫌に鼻歌を歌っていた。見ててほんとうに飽きないな。