*
どうして、こんなことになってしまったんだろう。 僕は、人でにぎわう放課後のショッピングモールで、ひとつ溜め息をついた。
結夏と山本さんは、服や小物に夢中で、僕たちのことなど忘れたように盛り上がっている。
「お前ら、もう良いだろ……どうせ全部買うわけじゃねぇんだから」
大崎くんが、両手を頭のうしろで組みながらぼやいた。
「ぶーぶー! 大崎くんって、そういうとこあるよね!」
「ウチら、こうして見てるだけで楽しいんです〜」
結夏と山本さんは、手のひらで“しっしっ”と追い払ってきた。 無軌道に盛り上がるふたりを残して、僕たちは近くのベンチに腰を下ろす。
「ダブルデートって、なんだったんだろうな……」
隣で大崎くんが苦笑する。
「俺と山本って、小学校からの付き合いでさ。まあ、ああいう子だから」
「あ、うん、そうなんだ」
「っていうか、俺、大崎な。大崎光輝。橋場って、下の名前なんだっけ?」
「橋場、航。航海の航で、わたる、って読むんだ」
「おおー! 名簿で見たときから気になってたけど、“わたる”か。いい名前じゃん」
「そうかな……」
言葉が途切れ、少しの沈黙。 僕は、ふと思い出したことを口にした。
「そういえば、水野さんが言ってたんだ。大崎くんの家って、あそこの神社だよね。僕、近所なんだけど、こうして話すのは今日が初めてかも」
「そうだったのか。俺、街のほうに住んでるし、会うことはなかったかもな」
「そっか。じゃあ、水野さんのこともわからないかな? 彼女、神社のすぐ近所に住んでるらしいけど」
大崎くんの眉が、ふっと寄った。
「……水野が、ほんとにそう言ってたのか?」
「うん。帰り際に『家こっち』って言って、神社のほうに歩いてったよ」
「……あの辺りに家なんてないはずだぜ。あの池のまわりは、一応うちの敷地内だし」
「やっぱり、そうなんだ……」
大崎くんは、何かを思い出すように視線を泳がせた。
「……ちょっと変な話なんだけどさ。俺には中学生の妹がいて、あいつ、去年くらいから、やたら社務所にお供え物を置くようになったんだよ」
「……お供え物?」
「ああ。普通、お供え物って、本堂に供えるだろ? でも妹はなぜか何度注意しても、社務所にお供え物をするんだ。しかも量もけっこう多くてさ。俺も何度か運ぶの手伝ったし」
「理由は……?」
「……聞いたことは、ある。あるはずなんだ。けど、うまく思い出せない。妹が“神様が社務所に住みついた”って叔父さんと話してたのは、うっすら覚えてる。けど……」
「か、神様が? それはまた、難儀そうというか、なんと言えば良いのやら」
突拍子もない話だと思うけど、妹さんの頭の正常さをここで疑うと、なんとなく大崎くんに怒られそうである。そのうえ罰当たりな気もするし。
大崎くんは頭を抱え、低く呟いた。
「……なんか、変なんだよな。 妹や叔父さんに理由を聞いた記憶はあるのに、返ってきた言葉が思い出せない。 まるで、“思い出すな”ってどこかで誰かに命令されてるみたいな……」
「…………」
僕が何か言う前に、大崎くんが力なく笑った。
「悪いな。変な話した。普段はもっと、明るいキャラなんだけどさ、俺」
「ううん。気にしてないよ」
少し間を置いて、大崎くんは照れ隠しのように言った。
「……ま、ふたりともあんな感じだけど。お互い、頑張ろうな」
「まぁ、僕も、水野さんに振り回されるのは慣れてるから」
「んや、“頑張ろう”ってのは、そういう意味じゃねぇって」
「へ……?」
「だって、お前――水野のこと、好きなんだろ?」
“好き”。そんな言葉に、不意を突かれた。思わず否定しかけて、でも言葉がつっかえる。
「そ、そういうんじゃないって……。たまたま、話が合うだけ、っていうか……」
でも、じゃあ、この心臓のざわつきはなんだろう。
「ちょっとー、あんたらぁ! それ以上そこで固まってたら、ウチらのアイス代、おごってもらうからね!」
「あー、わかったよ、行けばいいんだろ!」
山本さんの一喝で、大崎くんが立ち上がる。
「橋場くんも一緒にゲームしようよ!」
僕がゆっくり立ち上がると、結夏がこっちを見て手を振っていた。 まるで、まばたきをしたら消えてしまいそうなほど、無邪気で――遠かった。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。 僕は、人でにぎわう放課後のショッピングモールで、ひとつ溜め息をついた。
結夏と山本さんは、服や小物に夢中で、僕たちのことなど忘れたように盛り上がっている。
「お前ら、もう良いだろ……どうせ全部買うわけじゃねぇんだから」
大崎くんが、両手を頭のうしろで組みながらぼやいた。
「ぶーぶー! 大崎くんって、そういうとこあるよね!」
「ウチら、こうして見てるだけで楽しいんです〜」
結夏と山本さんは、手のひらで“しっしっ”と追い払ってきた。 無軌道に盛り上がるふたりを残して、僕たちは近くのベンチに腰を下ろす。
「ダブルデートって、なんだったんだろうな……」
隣で大崎くんが苦笑する。
「俺と山本って、小学校からの付き合いでさ。まあ、ああいう子だから」
「あ、うん、そうなんだ」
「っていうか、俺、大崎な。大崎光輝。橋場って、下の名前なんだっけ?」
「橋場、航。航海の航で、わたる、って読むんだ」
「おおー! 名簿で見たときから気になってたけど、“わたる”か。いい名前じゃん」
「そうかな……」
言葉が途切れ、少しの沈黙。 僕は、ふと思い出したことを口にした。
「そういえば、水野さんが言ってたんだ。大崎くんの家って、あそこの神社だよね。僕、近所なんだけど、こうして話すのは今日が初めてかも」
「そうだったのか。俺、街のほうに住んでるし、会うことはなかったかもな」
「そっか。じゃあ、水野さんのこともわからないかな? 彼女、神社のすぐ近所に住んでるらしいけど」
大崎くんの眉が、ふっと寄った。
「……水野が、ほんとにそう言ってたのか?」
「うん。帰り際に『家こっち』って言って、神社のほうに歩いてったよ」
「……あの辺りに家なんてないはずだぜ。あの池のまわりは、一応うちの敷地内だし」
「やっぱり、そうなんだ……」
大崎くんは、何かを思い出すように視線を泳がせた。
「……ちょっと変な話なんだけどさ。俺には中学生の妹がいて、あいつ、去年くらいから、やたら社務所にお供え物を置くようになったんだよ」
「……お供え物?」
「ああ。普通、お供え物って、本堂に供えるだろ? でも妹はなぜか何度注意しても、社務所にお供え物をするんだ。しかも量もけっこう多くてさ。俺も何度か運ぶの手伝ったし」
「理由は……?」
「……聞いたことは、ある。あるはずなんだ。けど、うまく思い出せない。妹が“神様が社務所に住みついた”って叔父さんと話してたのは、うっすら覚えてる。けど……」
「か、神様が? それはまた、難儀そうというか、なんと言えば良いのやら」
突拍子もない話だと思うけど、妹さんの頭の正常さをここで疑うと、なんとなく大崎くんに怒られそうである。そのうえ罰当たりな気もするし。
大崎くんは頭を抱え、低く呟いた。
「……なんか、変なんだよな。 妹や叔父さんに理由を聞いた記憶はあるのに、返ってきた言葉が思い出せない。 まるで、“思い出すな”ってどこかで誰かに命令されてるみたいな……」
「…………」
僕が何か言う前に、大崎くんが力なく笑った。
「悪いな。変な話した。普段はもっと、明るいキャラなんだけどさ、俺」
「ううん。気にしてないよ」
少し間を置いて、大崎くんは照れ隠しのように言った。
「……ま、ふたりともあんな感じだけど。お互い、頑張ろうな」
「まぁ、僕も、水野さんに振り回されるのは慣れてるから」
「んや、“頑張ろう”ってのは、そういう意味じゃねぇって」
「へ……?」
「だって、お前――水野のこと、好きなんだろ?」
“好き”。そんな言葉に、不意を突かれた。思わず否定しかけて、でも言葉がつっかえる。
「そ、そういうんじゃないって……。たまたま、話が合うだけ、っていうか……」
でも、じゃあ、この心臓のざわつきはなんだろう。
「ちょっとー、あんたらぁ! それ以上そこで固まってたら、ウチらのアイス代、おごってもらうからね!」
「あー、わかったよ、行けばいいんだろ!」
山本さんの一喝で、大崎くんが立ち上がる。
「橋場くんも一緒にゲームしようよ!」
僕がゆっくり立ち上がると、結夏がこっちを見て手を振っていた。 まるで、まばたきをしたら消えてしまいそうなほど、無邪気で――遠かった。


