授業のあと、結夏は教室のドアを開けて、ふらりと戻ってきた。

「いやぁ〜、急に頭が痛くなっちゃってさ。まいったまいった」

「具合って……大丈夫?」

 僕は平静をよそおって結夏に尋ねた。

「うんうん。ちょっとね、保健室行ってたの。気圧のせいかも。春ってけっこう揺れるからさ」

「いつの間に……?」

「ちゃんと途中で先生に言って抜けたよ? 橋場くんも疲れてるんじゃない? 本、夜遅くまで読んでたでしょ〜?」

 たしかに、それはそう。だけど、そんなこと、ないはずなのに。僕はさらに戸惑った。
 念のため、近くであくびしていた山本さんに聞いてみる。

「そうだっけ? アタシ、懲役五十分の半分くらい沈んでたから……」

 首をかしげる山本さん。でも、その表情の奥に、僕が“結夏が消えていた”と感じたことを察したような気配があった。

「……はっしー、あとでそれ詳しく教えて?」

 そう言った山本さんの目は、いつになく真剣だった。

 と、その隣で、結夏が突然こんなことを言い出した。

「ねえ、たまには橋場くんも一緒に遊ばない? 授業が終わったら皆でモールにでも行こうよ」

 山本さんは一瞬、驚いたようにまばたきした。でもすぐに僕へちらりと視線を送り、くすっと笑う。

「……いいかも。はっしーもいたら面白そう。――あ、ちょうどいいとこに」

 そう言って、教室の反対側で別グループと話していた男子に手を振った。

「おーい、大崎(おおさき)ぃー!」

 呼ばれた大柄な男子――大崎くんは、まるで犬みたいに山本さんの元へ駆け寄ってくる。

「なんじゃい」

「放課後、この四人でどこか行こ?」

「四人って……俺とお前と、あと誰だよ」

「結夏と、そこにいるはっしー――橋場くん」

「……はあああああ!? その組み合わせはなんなんだよ!」

 結夏と僕とを交互に見比べて、頭を抱えた大崎くんが低い声を震わせて叫ぶ。

「お前と遊ぶのはわかる。でも水野と橋場って……俺、ふたりともそこまで親しくないぞ?」

「だからこそだよ」

 山本さんが、にやっと笑う。

「つまり──ダブルデート!」

 とんでもない爆弾が、結夏の口から放たれた。