僕がその手の話にいまいちピンと来なかったのが悪かったのか、山本さんは不満そうに、あるいは呆れたように小さくため息をついた。

「はぁ~~……まったく。君たち、どういう関係なのさ」

「…………」

 僕が黙っていると、山本さんは何かを思い出したように、結夏のいない空席に視線を落とした。

「でもね、アタシ、結夏と最近初めて話した気がしないんだよ」

「……どういう意味?」

「少し声を聞いただけで、すっと心に入り込んでくる感じ。まるでずっと前から知ってたみたいな、不思議な感覚だった」

 たしかに、結夏にはそういう空気がある――僕も内心でうなずいた。

「でもね、変なのはここからなんだよ」

 山本さんは額に手を当てて、小さくうなった。

「結夏って……どういうわけか、影が薄いんだよね」

「その“影が薄い”っていうのは、つまり?」

 念押しするように尋ねると、山本さんは軽く肩をすくめた。

「もちろん、足元の影の話じゃなくて、存在感のことだよ。念のためね」

「それはわかるけど……なんでそう思ったの?」

「この前ね、アタシ、結夏と仲良くなったすぐあとに、他の子2人とあわせて4人で遊びに行く予定を立てたの。でもね、当日になってその子たち、アタシに聞いてきたの。『あの子、誰?』って」

「え……?」

「前日まで、結夏も混ざって一緒に笑って話してたのに。まるで記憶ごと、彼女だけ抜け落ちてたみたいだった」

「それって、影が薄いどころの話じゃないような……」

 僕の声に、山本さんは小さくうなずいた。

「でしょ? だからアタシ、いじめとかじゃないって確信してる。あの2人に問いただしても、本当に申し訳なさそうにしててさ。なんていうか、“記憶の食い違い”って感じだったの」

「じゃあ……そのあと、結夏とその2人の関係は?」

 僕の問いに、山本さんはしばらく沈黙したあと、口を開いた。

「アタシ、何度かクラスで結夏のこと話題にしてみたの。でも、そのたびに皆の反応が微妙なの。別に無視されてるわけでもない。でも、話が噛み合わない。まるで、“そこにいない人”の話をしてるみたいだった」

「……どういうこと?」

「うーん、うまく言えないんだけど……おかしいんだよ、やっぱり」

 その瞬間、偶然なのか、教室が一瞬だけ静まり返った。
 周囲のざわめきがぴたりと止まり、僕と山本さんの会話だけが宙に浮かんだような感覚があった。

 小学生の頃、誰かが言ってたっけ。
 教室が急に静かになるのは、幽霊が通り過ぎたせいなんだって。
 そんな子供じみた話をふと思い出した。

 そして、静寂はすぐに破られ、教室はまた日常の喧噪を取り戻す。
 山本さんは、その流れに取り残されたような声でつぶやいた。

「――なんで、誰も彼も、結夏に全然興味を示さないの?」

 その言葉だけが、僕と山本さんの間の時間を止めた。

 たしかに。
 皆、驚くほどに、水野結夏という存在を気にしていない。

 それは、僕が彼女と関わるようになってから、ずっと感じていた違和感だった。

「……あの2人、結夏と遊んだこと、もう覚えてないみたいなんだ」

 教室では、結夏が不在であることなど関係ないように、今日も変わらぬ声が飛び交っていた。