*
僕が高校に入るまで見ていた夢には、ルールのようなものがあった。
夢の中の日付を思い出すことはできないこと。
僕の意思で、夢の中で自由に動くことはできないこと。
僕はそれ以外の夢を見ることはないこと。
夢の中の人物の容姿や名前は起きると思い出せなくなること。
ただし、僕?は一人の少女に「マコト」と呼ばれていたことだけを覚えている。
それはまさに、マコトという一人の少年の物語だった。
僕が自分の分身のように感じていたマコトは、雰囲気が僕より年上だったかもしれない。
夢の中の映像と現実を行き来して、子供の頃の僕は、成長するマコトの背中を追いかけるように育っていった。
マコトは学生で、ひとりの少女に恋をした。少女とマコトは本が好きだった。
僕が本に興味を持つようになったきっかけも……思えば夢の中の彼らが読書をする姿に憧れていたからかもしれない。
それは、本を開いて映画を観ればどこにでもあるような、二人の男女のささやかな恋愛模様だった。
彼ら二人にとってきっと一番幸せだった時期。夢を見る僕には、恋愛そのものが実態も分からず共感もできない退屈なものとして感じられた。
だけど、物語を動かすのは事件で、それは僕の夢の中でも起こった。
それは、現実の僕が中学二年生の頃の夢の中だった。
マコトはその世界の警察に、人違いによる無実の罪で投獄されたのだ。
ようやく無実が証明されて解放された時、季節は移り変わっていた。
愛した彼女の姿はいつも会っていた公園にはなく、彼女がいたことを示す痕跡は、家ごとなくなっていて。
彼女の消息を追いかけてたどり着いたのは、真っ白な外観が印象的な西洋風の建物だった。
それから、夢の中で、マコトはその建物に入って、冷たい廊下を――。
夢の記憶はそこで不自然に途切れていた。
……おかしいな。この夢には、もっと続きがあったんじゃないか? こんなに中途半端なところで、僕は夢を一切見なくなったというのか?
「あれぇっ!?もしかして結夏まだ来てないの!?」
近くの席から聞こえてきた大きめの声が鼓膜を震わせて、考えていたことをすべて強制的に終了させられた。僕はぎょっとして、思わず声がした方に首を曲げた。
大声を出したのは、同じクラスの女子だった。
この子はたしか、よく結夏と話している子だ。
彼女と目が合った。
「あ、ちょうど良かった」
彼女は今初めて僕の存在に気づいたようだ。獲物を見つけた動物のような視線を向けていて、次の瞬間には僕の席の前に立ちはだかっていた。
「橋場航くん、だよね。ちょっとツラ貸してくれる?」
気だるそうな声と、透明感のある灰色の瞳。
この人は確か、水野さんの友達?
僕が結夏の友人に話しかけられるのは初めてだった。
モデルのような特徴的な容姿と、結夏がよく話しているのが隣の席からたびたび聞こえていて、さすがの僕も顔くらいは覚えていた。海外のクォーターの人らしい。結夏がその容貌を羨ましがっていた気がする。
やや長めの栗色の髪をしていて、ピアスを耳につけている。その容姿や言葉遣いから、結夏とは別の方向性で少し気が強そうに見えた。
「ねぇ、今ちょっと良いかな?」
反応の薄い僕を見て、僕の顔の前に手のひらをかざしてぶんぶんと振ってきた。
「えっと……」
「アタシは山本羽純。一応アンタと――はっしーと同じクラスなんだけどな」
「は、はっしー???」
「ちなみにアタシはよく『はっすー』と呼ばれてる。……って、はっしーとはっすーとか、すごく紛らわしいんだけど!?」
「紛らわしいって、そっちから勝手に言ってきたんじゃないかな――あ」
そう言ってから気がつく。僕はつい、うっかり、結夏にするのと同じノリで雑に受け答えしてしまった。
同時に、この人も結夏と同じタイプだな。と一瞬で察した。
彼女――山本さんは僕の態度に苦笑いしている。
「なるほどね。アタシ、初めは正直、なんでこんなクラスの置物みたいなヤツと結夏が仲良くしてんだって思わなくもなかったけど」
山本さんはお返しのように毒を吐くと、それからさっぱりとした笑顔でつぶやいた。
「こりゃあの子が気に入るわけだわ」
僕が高校に入るまで見ていた夢には、ルールのようなものがあった。
夢の中の日付を思い出すことはできないこと。
僕の意思で、夢の中で自由に動くことはできないこと。
僕はそれ以外の夢を見ることはないこと。
夢の中の人物の容姿や名前は起きると思い出せなくなること。
ただし、僕?は一人の少女に「マコト」と呼ばれていたことだけを覚えている。
それはまさに、マコトという一人の少年の物語だった。
僕が自分の分身のように感じていたマコトは、雰囲気が僕より年上だったかもしれない。
夢の中の映像と現実を行き来して、子供の頃の僕は、成長するマコトの背中を追いかけるように育っていった。
マコトは学生で、ひとりの少女に恋をした。少女とマコトは本が好きだった。
僕が本に興味を持つようになったきっかけも……思えば夢の中の彼らが読書をする姿に憧れていたからかもしれない。
それは、本を開いて映画を観ればどこにでもあるような、二人の男女のささやかな恋愛模様だった。
彼ら二人にとってきっと一番幸せだった時期。夢を見る僕には、恋愛そのものが実態も分からず共感もできない退屈なものとして感じられた。
だけど、物語を動かすのは事件で、それは僕の夢の中でも起こった。
それは、現実の僕が中学二年生の頃の夢の中だった。
マコトはその世界の警察に、人違いによる無実の罪で投獄されたのだ。
ようやく無実が証明されて解放された時、季節は移り変わっていた。
愛した彼女の姿はいつも会っていた公園にはなく、彼女がいたことを示す痕跡は、家ごとなくなっていて。
彼女の消息を追いかけてたどり着いたのは、真っ白な外観が印象的な西洋風の建物だった。
それから、夢の中で、マコトはその建物に入って、冷たい廊下を――。
夢の記憶はそこで不自然に途切れていた。
……おかしいな。この夢には、もっと続きがあったんじゃないか? こんなに中途半端なところで、僕は夢を一切見なくなったというのか?
「あれぇっ!?もしかして結夏まだ来てないの!?」
近くの席から聞こえてきた大きめの声が鼓膜を震わせて、考えていたことをすべて強制的に終了させられた。僕はぎょっとして、思わず声がした方に首を曲げた。
大声を出したのは、同じクラスの女子だった。
この子はたしか、よく結夏と話している子だ。
彼女と目が合った。
「あ、ちょうど良かった」
彼女は今初めて僕の存在に気づいたようだ。獲物を見つけた動物のような視線を向けていて、次の瞬間には僕の席の前に立ちはだかっていた。
「橋場航くん、だよね。ちょっとツラ貸してくれる?」
気だるそうな声と、透明感のある灰色の瞳。
この人は確か、水野さんの友達?
僕が結夏の友人に話しかけられるのは初めてだった。
モデルのような特徴的な容姿と、結夏がよく話しているのが隣の席からたびたび聞こえていて、さすがの僕も顔くらいは覚えていた。海外のクォーターの人らしい。結夏がその容貌を羨ましがっていた気がする。
やや長めの栗色の髪をしていて、ピアスを耳につけている。その容姿や言葉遣いから、結夏とは別の方向性で少し気が強そうに見えた。
「ねぇ、今ちょっと良いかな?」
反応の薄い僕を見て、僕の顔の前に手のひらをかざしてぶんぶんと振ってきた。
「えっと……」
「アタシは山本羽純。一応アンタと――はっしーと同じクラスなんだけどな」
「は、はっしー???」
「ちなみにアタシはよく『はっすー』と呼ばれてる。……って、はっしーとはっすーとか、すごく紛らわしいんだけど!?」
「紛らわしいって、そっちから勝手に言ってきたんじゃないかな――あ」
そう言ってから気がつく。僕はつい、うっかり、結夏にするのと同じノリで雑に受け答えしてしまった。
同時に、この人も結夏と同じタイプだな。と一瞬で察した。
彼女――山本さんは僕の態度に苦笑いしている。
「なるほどね。アタシ、初めは正直、なんでこんなクラスの置物みたいなヤツと結夏が仲良くしてんだって思わなくもなかったけど」
山本さんはお返しのように毒を吐くと、それからさっぱりとした笑顔でつぶやいた。
「こりゃあの子が気に入るわけだわ」